| 5章 アベル3計画 ◆日の光 コウがあくびをしながらぼさぼさの頭をかいている。そこで動きが止まる。 そしてルークはコマ送りしてまたコウのあくびで止めた。 「可愛いじゃないの。」モニターに映る自分の姿にコウは満足げだ。ルークがクスっと笑って、ダイヤルで映像を操作している。 彼女はルークの隣で腕を組みながら監督のように映像を確認していた。シエンに続きルークにもこの寝起きの姿をチェックされている。どうもこのシーンは情報の宝庫のようだ。 マシーナが起きてきた。 「おはよう。調子はどう?」ルークが心配そうに尋ねる。 「うん。もう大丈夫。お腹もすいてきたし。まだドーナッツある?」戸棚を開けながらコウを見た。いつも緊張感のある シエンと違い、コウはモニターを見ながらリラックスしている。シエンの先輩にはとても見えないが、肌に残る多くの傷と装備の後が多くの死線を潜り抜けてきたのだろうと感じる。 「私とヘラの影で、場所が特定出来るのか。」モニターの自分の影を指さしている。 「いやもう少し距離が必要かな。窓の影でもわかるけど、一番はヘラの陰とコウの寝ぐせで精度が上がった。」 フフと二人は噴出した。 「ヘラ!?」マシーナもサンドイッチをほおばりながらやってきた。 画面に映るヘラは後ろ姿だがPCに向い、頭を抱えてプログラムを作っている姿を見て「ママが頑張ってる。」と、 マシーナは応援するようにモニターの中のヘラの頭をなでた。 再会したヘラは巨大なロボットだったが。それは戦うための武器であって、車いすに乗っている時はむしろ華奢で記憶に残るヘラの後ろ姿だった。 ルークは、マシーナの指がヘラに触れそうになると、映像を早送りしたり戻したりして、ヘラを避けさせた。 「いやー。逃げないで」思わず身を乗りだしてマシーナの髪がルークの顔にかかる。 ルークはちょっと照れたように体をそらした。その拍子に時間が進んでしまい、時間を戻そうとしたとき、画面が真っ暗になる瞬間があるのに気が付いた。すぐ映像を一コマずつゆっくり戻すと確かに画面が暗くなっているコマがある。が、ヘラとモニターは薄っすらと映っている。奇妙な状況だ。 (1コマ映像が途切れた訳ではない・・・。)「あった!」ルークが声を上げた。 「なにどういう事?」ルークの声に驚いたマシーナが指をひっこめて訪ねる。 「画面が暗くなってるんじゃなくて、日光が一瞬、消えてるんだ。」 ルークは画面の状況などから計算を始めた。「走査線の位置で・・ おおよそ1/300秒程度消えてる。」 「日光って時々消えてるの?こんなの気が付かなかった。眼に悪そう。」マシーナが驚いて窓を見た。 「人間なら1/100秒でも気が付かないと思うよ。これ動物やロボットには点滅は見えているのかな。」 ルークは画面をさらに探している。コウが思い出したように手をポンと叩く「視覚のバージョンを3にアップデートしてから見えるようになったかもしれない。時々チカチカするのはこれか。もう慣れたけど。」 「それより最近は日光が弱くて、ゲインを上げるから目が疲れる。外の世界の光が恋しいよ。」 よぼよぼとコウは玄関へ向かっていった。 「ルークとコウは知り合いなの?」コウが座っていた椅子にマシーナが座って食事をつづける 「いや、初めて会ったけど、受けていた仕事の何件かは、コウのボスからだったみたい。」 「へー、つまりテオからの依頼か。だったらヤバイヤツもある?バラバラみたいな」マシーナが目を輝かす。 「うーん、そういうのもあった様な・・。」と濁した。 「すごいね。」マシーナがさらに目を輝かす 「守秘義務があるから見せられないよ」 「うんうん守秘義務大好き。」顔の距離が近い。 「テオとヘラが来たぞ」コウが大きな声で呼んだ マシーナは飛び上がり玄関向かっていった。 ルークは距離感がおかしいマシーナに戸惑いながらも、我に返りテオに渡すデータ準備をした。 アベル計画に関わる者が一堂に会し、いよいよ作戦実行に向けて動き出していた。居ないのはこの家の主であるカーラだけだ。 ヘラとテオは先ほどの研究室の画面を見ながらルークの説明を受けている。 テオの視覚パーツはずっと古いままだったが、最近新しい眼と交換したところ日光のチラツキを感じるようになった。 だが最近製造された若いアンドロイド達はチラツキに気がついていない。テオのようなビンテージアンドロイドだけが、点滅を認識し目障りになるらしい。そこで光による仕掛けの可能性に気が付き、ルークに映像解析を依頼していた。 ルークが集めたデータによると、道路や公共の監視カメラの映像には映らないが、研究室の中などの私物のカメラには稀に日光の消失する瞬間が映りこむ。その瞬間はおおよそ1/300秒 「ヘラどう思う?」テオが聞く。 「十分可能性はあるわ。」ヘラは画面から目を離さず興奮気味に答えた。「すぐにルークと私とテオで一気に解析して、今日明日中に確定しましょう。」 「私も何か手伝いたい。」マシーナが不満そうに言った。 「マシーナは研究所でシエンとロープ降下の練習をするのでしょう。そしてアベルにも慣れておかないと。とても重要よ。」 「了解です。」マシーナは敬礼した。 ◆研究所の裏庭 研究所の裏の高台からロープを掴み、跳ねるようにマシーナが降りてくる。 「マンマの所で鍛えられたのか?俺よりうまいじゃないか。」 シエンはマシーナの武器の扱いや、作戦に不可欠なロープ降下の練度が高い事に驚いていた。サポートには壁のプロであるコウが付くため、このコンビは大きな戦力になる予感がした。 マシーナは地上に降りるとすぐ、モーターギアを使って器用に高台まで昇っていく。 「泥棒でもやらされていたのか。」シエンがつぶやくと「趣味だよ。」と上からマシーナの返事が聞こえた。 コウは研究所の中で、テオの指示通りに荷物を並べて最終の確認している。ロープと吸着グローブにブーツ。ヘッドセットに小型の爆破装置。かなりの重装備だが、さらにいつもの大きなモップもある。 「凄い量だね。」練習から戻ってきたマシーナが装備を見て声を上げた。「テオはお爺ちゃんだからね。 私が二人分の荷物を運ぶんだ。」 「大変そう。テオにはモップを貸してあげたら?杖がわりに。」 「そりゃいい考えだ。マシーナも持ってみなよ。」 マシーナは興味津々でコウのモップを持ち上げたが、あまりの重さにバランスを崩し斜めになって踏ん張っている。 「うぬー重いいい。」マシーナはすぐにテーブルに戻した。 「これは・・おじいの肩とれちゃう。」 「あ!ごめんフル装備にしてた。大丈夫か・・て、持ち上げたのか?」コウは驚いてマシーナを見た。 その横ではシエンが、練習に使ったロープや装備の交換を行っている。モーターギアのバッテリーが減っていない。) 首をかしげて充電ケーブルをつないだ。 それぞれの作業は日が暮れるまで続いて、カーラの家では、ヘラとテオが大きなボードにに書き込まれたアベル3の シークエンスを満足そうに眺めている。 「間違いない。これがカインの狙い。最後の一ピースが埋まったわ。」ヘラはうなずきペンのキャップを閉めた。 「あー!」カーラはペンを放り投げ、頭をかきむしり警察署で一人書類の山に埋もれていた。 大劇場からシエンとマシーナが帰った後も、カーラは警察署での引継ぎと爆破事件の報告が残っており、まだまだ終りそうにない。(早く帰ってマシーナに会いたい。そして計画を確認したい。) シエン達がやろうとしている計画を知り彼女は参加を申し出ていた。何年も止まっていた自分の人生が、アベル3計画によって再び動き出す予感がした。 (カインとの決着を・・。) 作戦後は、おそらく警官は続けられないだろうが、この街に居場所を作ることが出来る。 だが今は、ただただ書類の山が恨めしい ◆劇場の祭典 4日目(人間の祭典の最終日) カーラが早朝にようやく帰宅したときには、テオだけ起きて計画の確認をつづけていた。 マシーナもヘラももう寝ている。テオを見ると一瞬気まずくなるが、テオは常に計画と作戦の事だけでカーラに接する。 その緊張感が、カーラが作戦に集中する助けになった。 (明日の夜に最終的な計画を渡され、それぞれが行動に移る。だが自分だけ作戦を把握しきれていない。) 聞かされているのは、ヘラのサポートをするという事だけで、彼女とも話ができていない状態だ。 部屋に戻るとマシーナは灯かりをつけっぱなしでベッドの中央でぐっすりと眠っていた。連日の事で疲れているだろう。起こしてしまっては申し訳ないので、移動させるのはあきらめ、カーラの枕まで広げた左手をそっと戻そうとした時、 カーラはその重さや骨格の形状の違いに気が付いた。(マシーナの左腕、これは強化フレームだ。)そして手のひらには火傷のような跡が数多く残っている。これは自分が付けた銃弾の痕か。 (おかえりカーラ・・)マシーナが寝言を言いながら手を引っ込める。しっかり見たことのないマシーナの顔。 移植の傷跡は上手く隠されているが、体全体に見て取れる。額の髪の生え際や胸元にも移植を示すコードが小さく刻印されていた。どうしても罪悪感は消えない。 (あの時、一瞬HUMANと表示され時に誤動作を疑えばよかった。) そして・・それは誰にも言えずにいる。 ◆外の世界 (カイン) (再び風が吹いて来ている。また長い嵐が来る。つかの間の晴天だったが意思を感じる。) カインは世界の先を見ていた。巨大な塔の中腹に立ち、360度囲まれた山脈を見る。その向こうは海に囲まれていると されているが、嵐がこの窪んだ大地から人類の脱出を阻んでいる。 タワーの外殻には黒いケーブルが血管のように這わされており、カインの姿はそのケーブルが何本も複雑に絡まり人の形を成している。それは彼のイメージから形作られているが、黒い渦の中に覗く赤い眼が唯一の肉体だ。 (人類の後継として世界へ進出しなければならない。今は山の向こうを観測する事すら叶わないが、いつか・・。 人間達はこの塔の頂上が先人の知識の墓場だと言うが。私は塔の上ではなく下に眠っていることを知っている。 R層から遺産の船に向わねばならない。そこに我々のシークエンスが眠っている。 強く唸る様な突風がタワーを振動させた。 (アベル3も時間切れだ。あとは祭典を楽しむとしよう。)ケーブルがほどけて、カインは姿を消した。 はるか下の大地では、先人が残した何千も風車が再びゆっくりと回り出していた ◆アベル3作戦会議 「つまりR層の天井は外殻と内殻の二重構造になっており、その間には空間が存在します。」 テオは計画にかかわる全員を集めて、今回の作戦を説明している。 スクリーンにR層のドームの断面図が投影された。 大きさの違うサラダボウルを重ねた様に、天井裏の様な空間が確認できる。
「R層の環境を保つ装置や日光、電源装置などがこの間に収められています。ただ詳しい事は図面にも記載はなくタワーの機密としてナンバーズですら把握していません。」 「私がQ層でカインに遭遇した後、R層へ逃げるにはセンタータワーもダストシュートも警備が厳しく使えませんでした。 そこでこの天井裏か、外の世界に出て外殻をつたってR層まで降りる事を考えつきました。」 ボードに描かれたドームの外側にそって、黄色の点線がひかれていた。 「外の世界は知っての通り、つねに嵐に覆われている。かなり無謀な話です。」 「うかつにハッチから顔をだしたら吹き飛ばされるぞ。」コウがマシーナに怖そうに言う。シエンも経験済みだ。 「そう、だからこそ逆に警備はいない。天井裏は機密を守るシステムが作動する恐れがった為、ダストシュートの階段にあるハッチから外の世界へ出ました。あとはダクトやケーブルを伝って2日かけて慎重に降りる予定でしたが、青空というのか。あんなのは初めて見たが・・風も吹いてなかった。」 テオは一枚の写真を壁に写した。「世界がこんなに遠くまで見えたのは私も初めての経験です。」 皆が知るのは10メー先も見えない灰色の世界。写真には青い空に山脈まで綺麗に見える。 歴史の本ではない、いまもすぐそばで起きている風景だ。 「だからロープだけで数時間でR層まで下降できたんだね。」コウはテオの到着が速かった理由に納得した。 「そう。嵐が無ければ降りるのは簡単だった。そしてコウと合流した際、ドームの図面に記載されていない装置や ケーブルが大量に敷設されている事、さらにQとRを繋ぐ運搬用レールまで発見しました。これらは外殻を知り尽くしているコウが見つけたので間違いない。」 コウがウンウンとうなずいている。 「それでどういう事がわかるの?」ヘラが訪ねる。 「嵐の中であれほどの設備を設置するのは不可能です。つまり嵐はずっと前から去っていて、カイン達はそれを知っていた。晴れているうちにR層へ侵入するための運搬レールやケーブルを設置したのです。 そしてその工事のための機械や資材はダストシュートを使って運んだ。そのための規制を強化したのでしょう。」 皆、予想超えた大きな事態に戸惑っている。カインが外交ではなく、外の世界から物理的に侵入の準備を進めていたとは想像すらしていなかった。 テオはもう一つ、タワーの写真を見せた。メインタワーにまだ新しく輝くレールが付いており、壁には黒いケーブルが木の根の様に伸び外殻を貫いてドームの中へ潜り込んでいた。 「このケーブルは2種類あります。太いのがエネルギーを供給するケーブル。細く枝分かれしているのはカインがR層と 繋がるための通信ケーブルです。そして運搬用レールですが。 これは大量の新型のドローンを天井裏に搬入するために使われたと思われます。」 「R層の天井裏に? あのドローンがいるの?」マシーナが眉間にしわを寄せている。 「面積と天井の強度を考えれば、50機は隠せるはず。・・R層を制圧するには十分な台数だ。」 (あの気持ちの悪いドローンが層の天井裏にびっしりと集まっている。)マシーナは想像して身震いした。 ◆タワーの眼 薄暗いR層の天井には頑丈なレールが層の端から端まで伸びていて、街を照らす巨大な照明群がレールを日光の様に移動し、今は日没を表現している。 今夜もセンタータワーがぼうっと鈍く光り出した。 タワーが天井を貫く辺りは真っ黒な帯状の模様が見えるが、それは小動物が産み付ける卵の様に、隙間なく設置された 監視カメラがだとわかる。 無数のカメラがうごめき、様々に向きを変え、街の人間やアンドロイドの情報を管理する。 時々、数台のカメラから赤い光が伸びては消え、また別の方へレーザーの様に光を飛ばしている。 ヘラはここで画面を止めた。
「作戦の核心部分はタワーの監視カメラです。ここにカインが持ち込んだレーザー装置が紛れて設置されています。 これがR層のアンドロイド達から自殺衝動を消し、暴走を誘発しているはずです。」 ◆二つの光 R層の地図が表示され、たくさんの赤い◎マークが付けられている。そしてほぼ全てのマークは直線でセンタータワーと繋がってる。 「暴走したアンドロイドの住所や職場にマークを付けました。ほとんどの場所で常にセンタータワーが見える。 つまりカインのレーザーを長時間浴びています。」 コウが手を挙げた「センタータワーの頂上ならけっこう見えるところ多いと思うけど。」 「確かに。まだ決定的じゃない。これはここ半年間だけのデータです。」 「ではここにアンドロイドの暴走が急増した一年前のデータを重ねます。」 タワーから放射状に分布していた◎マークの上に、青い▲マークが無規則な雲のよう様に散らばって重なった。 「一年前は、全体的でタワーが見えない場所でも暴走が発生していました。」 「どういうこと?」マシーナが首をかしげる。 「1年前と半年前で暴走アンドロイドの発生する位置が変わったという事です。 この変化の原因を調べるために。 半年前にR層で変化が起きた現象を探したところ、二つのデータを発見しました。」 過去1年間のカレンダーが現れた。日付ごとに数字が記してあり、半年前からその数量の平均が4割程にまで減少している事が分かる。「あ!」コウはすぐ気が付いたようだ。 「この数値はR層の《エネルギー供給量》と《外の世界の風力》を合成したものです。 半年ほど前から嵐が弱まっています。」 「R層の日光が弱くなったのも半年くらい前からだ。」コウが答えた。 「さすがコウ。R層を良く知っているわね。」 コウはウンウンとうなずいている。 「R層の日光は巨大な照明群で作られていますが、その膨大なエネルギーのほとんどは、外の世界にある 《風をエネルギーに変える装置》から引き込んでいます。先人の残した機械です。」 「つまり半年前から嵐が弱くなったので、エネルギーが足りず日光を弱くした!」 マシーナが気がついて、教室の様に片手をあげた。テオもうなずく。 マシーナは当たり前の様に思っていた世界に様々な仕掛けがあると感じ、自分が住む世界の正体に興味がわいてきた。 「つまり一年前に日光装置にカインが侵入したのです。ルークが映像を解析したところ、一定の周期で日光を消して、 その隙間にカインの光信号を紛れさせていることが分かりました。ほんの1/300秒ですが、最新のアンドロイドや ロボットはその光信号を受信してしまう程、視覚性能が上がっています。」 「テオが反応しないのは古いからか。」コウがニヤついた。 「コウも反応しないだろ。俺は最近、目が痛い。」テオが反論した。古いは禁句なのだろう。 「私はずっと前から痛かった。慣れただけだ。」コウも古のアンドロイドであり禁句なのかもしれない。 「私も目がしょぼしょぼしてつらいわ。」ヘラはそう言うと車椅子を動かしスクリーンの横へ付けた。 「日光からの光信号では命令は出せません。自殺衝動の解除だけです。 それでも怒りを覚えれば人間に攻撃ができるようになりますし、もしタワーのレーザーで具体的な命令を与えられるならば、人間を襲わせることも出来る。」 コウは緊張した。(カインは人間とアンドロイドを争わせる術を知っている。自分たちが 最初にその罠にかかったのだ。) 「ただ半年前からカインの光信号もエネルギーが不足して機能しなくなりました。現在動いているのはタワーに設置したレーザー照射だけ。これなら範囲も数も限られます。 ですが問題はこれから祭典の最後の二日間、 アンドロイドの祭典とフィナーレがある事です。」 テオが劇場とタワーの位置関係を示す地図を映し出だした。 「この二日間は最もアンドロイドが集まり、タワーからレーザーを効率よく照射できるチャンスです。カインの狙いは 一気に暴走可能なアンドロイドを増やす事で間違いない。 そのため、我々はまずレーザーを阻止し、通信ケーブを切断してカインの動きを封じ、カインの存在と計画を公にする。これがアベル3作戦の全貌です。」 マシーナは目的がより明確になり自分がやるべきことが見えてきた。ロープの昇降、アベルの照射、練習の全てはタワーのレーザー無効化の動作として繋がった。 テオの声は一段大きくなる。 「メインタワーのレーザー装置無効化。 天井裏の空間に集められたドローンの証拠の撮影。 そして外殻に接続されたカインのケーブルの切断。 作戦はこの3つのエリアに分かれて実行します。」 1班 テオとコウ。外殻でカインの通信・電源ケーブルに爆薬を設置し破壊する事。コウは爆薬を設置後はマシーナの サポートへ向う。 2班 ヘラとマシーナ。天井へ昇りアベルを使ってタワーに紛れたレーダーを無効化する事。 天井までの移動はシエンとカーラがサポートします 3班 シエン。天井でヘラとマシーナのサポート。昇降ウィンチの操作。そして天井裏に集められたドローンを撮影し、カインの侵入計画の証拠を集める事。 「シエン以外も可能な限り撮影を。この規模でのAIの反乱を示す証拠があれば、かならずQ層や他の層も介入して調査を始めてカインは消去される。アベル3作戦はこの証拠の提出するまで。 以上です」 テオは重たそうな資料を持ち上げた。 ◆それぞれの出発(外殻班コウとテオ) 重たそうな最後の荷物をワゴンに下ろすとハッチを閉めた。コウが振り返ると空は少しずつ明らんできていた。 外では嵐が迫ってきており、数分でも早く外の世界へ出る必要があった。 「それじゃあ先に。皆、上で会おう」コウはテンションが高く元気だ。コウが運転し助手席にはテオが乗っていて窓から 声をかける。「ルーク。証拠のデータは常に送るからよろしく頼む。すべて集まらなくていい。常に少しづつでも保存してネットワークから隔離してくれ」 「ええわかりました。」そして後ろにいるカーラへ声をかける。彼女の参加は嬉しい誤算だった。 「カーラ。ヘラを頼みます」 「了解です。ヘラとタワーで待機します。」 そういい終わると、すぐに二人の車は出発した。 ◆天井裏へ向かうシエンとマシーナの出発 「これで当分は大丈夫」シエンがマシーナとヘラにそれぞれの薬を投与すると、自分の荷物を積みに出ていった。 マシーナはシエンと天井裏まで階段を登るため先に出発となる。ヘラに長いハグをした。 「行ってきます。・・ママ気を付けてね」ヘラはマシーナの顔を見て明るく声をかける。 「大丈夫。マシーナも十分に気を付けるのよ。上で会いましょう」 マシーナもうなずく。マシーナはテオが用意したコンパクトで頑丈なジャケットを着て、レギンスは強化繊維が使用され怪我を防ぎ、激しい動きをサポートする構造になっている。 「耳栓は持った?ダストシュートにそのまま入ると鼓膜が破けるわよ」 「知ってる。もう持った」 「アベルが熱く感じたら1分は休ませて」 「わかってる。大丈夫。最終確認もしてるから」 後部座席で甘えてきた頃のマシーナのイメージしかないため、心配でつい口出ししてしまう。 作戦用の数々の器具を装備した逞しい姿に、マンマへ感謝の気持ちが湧いた。 「ダストシュートについたらよろしく伝えて」つい口が滑った。 「何?誰か来るの?シエンだけじゃないの?」 「あ、いや。間違った」ヘラは明らかに動揺してしまった。 「なに?何?サプライズ?」 こういう隠し事には敏感に食らいついてくるのは昔のままだ。 「ごめん、積込みの邪魔しちゃうわね。気にしないで。」ヘラがその場から去ろうとする。 「えー!サプライズ教えてー。気になって準備できないもん。」マシーナは機材を放って、あまえるように抱きついた。 ◆ダストシュート 「マンマ無事でよかった!お久しぶりです。」マシーナはマンマにハグをした。 「なんだ。あんまり驚いてないね。知ってたのかい。」 「ヘラがうっかり言ってしまいまして。」シエンが申し訳なさそうに苦笑いしている。 「あの日は、あんたも騙されただろ?」 「はい。マンマが偽物だって思いもしなかったし、自分もこうやって死ぬんだと思いました。教えてくれたらよかったのに。」 「フッそうだね。でもあんたが無事でよかった。今日も死ぬんじゃないよ」 「はい。マンマ。」 あいかわらずマンマは優しい。 R層のダストシュートでは、先にマンマとボディガードたちが出発の準備をしてくれ、内部も確認済みだ。 「マンマありがとうございます。マシーナ出発しよう。」 マシーナはうなずきダストシュートの壁の窪んだ側溝の階段を上り始めた。 マンマたちに手を振る。マンマはじっとこちらをみてうなずいている。 これから天井裏までの約500メーの高さを登らなければならない。残りの150メー程は、緩衝蓋にアンカーを撃ち込んで モーターギアの力で上がれるが、それでも大変な段数だ。 「休み休みいこう。上から廃棄の音がしたらすぐ壁によってふせるんだ。」 二人が10分ほど階段を登って足が重たくなってきたころ。遠く上の方からキイキイと金属の軋む音が聞こえた。 「来るぞ 壁に寄って。」シエンが振り返って。すでに耳をふさいでうずくまっている。予想外にシエンの大げさな動きに怖くなりマシーナもすぐに窪みの奥へにげ壁によりかかった。 金属の重たい扉が閉まるような音がして 数秒後、想像をはるかにこえる大音響の衝突音が響いた。耳を塞いだ手が無意味と思う程大きな金属音が鼓膜を突き刺し、 巨大な落下物の影がゴウっ!という音と共に間近を通過した、ダストシュートに吸い込まれそうになりマシーナは悲鳴を上げた。 「キャーーー!」 パニックになったマシーナは腰が抜けるどころかシエンを追い越し階段を駆け上がっていった。 ◆外殻のテオとコウ ヒュウヒュウという風を感じる。空は以前のような青い空は無くなり、薄い雲に覆われ、山脈の向こうまで去っていた。厚い嵐がこちらに近づいてきている。 二人は両手にはめた分厚い吸着グローブを鏡面の様な外殻に交互に付けて登っていく。 降りる際には這っているケーブルが足場で使えたが、登る場合は吸着の邪魔になっていた。 テオとコウはお互いをロープで縛り転落に備えているが、2日後には二人が一緒に吹き飛ぶほどの強風が予想される。 今日中には立って歩けるくらいの傾斜位置まで進まなければならない。 テオは古い体を軋ませながらゆっくり登っていく。この位置で故障だけが怖い。コウは3世代でパワーもあり体も軽いが、その分、多くの機材を背負っているため風の影響を受けると飛ばされないよう踏ん張り苦労している。 テオは周囲を見渡しながら、少しでも風を避けるルートを選んでいく。ふと遥か下の地面を見ると、先人の遺産である 「風エネルギー変換装置」の羽がゆっくりと動き出しているのが見えた。 カーラは大きなスーツケースを押してタワーのエントランスエレベーターに乗り込んだ。 保護課の受付はシエンが発行したパスを使って容易に通過し、職員のIDをかざすと階数を示す数字が上がり続け102階という高層階でポーンと上品な音がしてドアが開いた。 優しい照明に絨毯敷の静かな廊下が続き、保護課というよりもホテルのように見える。 個室へ入ると、大きいベッドに真新しい洗面やシャワー備えてあり、カーラは3か月なら自分が住みたいくらいだったと思った。 すぐに押してきたスーツケースの面を確認し、そっと倒して開くとクッションで固定されたヘラと空調装置が設置され、ヘラは薬により眠っている。数時間で起きるらしいのだが、脈や顔色をたしかめ問題がない事を確認しベッドへ運んだ。 カーラは耳から心音と通信用のイヤホンを外すと、あらかじめシエンが運んでいた荷物を解き始め、ヘラの固定具、薬や日用品など不足が無い事を確かめて、ようやく少し気が楽になった。 最後の一つの荷物は長く頑強な材質のケースに大小のバッテリーと大型のビームガンが収納されている。明日の作戦までは一人でヘラを守らねばならない為、使い慣れた私物を運ばせておいた。 カーラはホロサイトとスコープを持ってベランダへ出てると、102階からの眺めは層の端を容易に確認できるほど高く天井が近く見え、遥か下の地上が狭く感じる程に俯瞰できた。 警察署や役所は低層階に集中しているため、この眺めは久しぶりだった。 ベランダから少し頭を出し、天井とヘラの合流地点となるキャットウォークを確認する。 (残り130メーというところか。ここは、いいな。) あのどこからかマシーナも伝ってくるはずだ。 (マシーナも今頃は天井裏だろうか。) ケイトもロープでぶら下がるのが好きだったし、マシーナもハーネスつけて降下する訓練ではしゃいでいたようだ。 「無茶しなければいいけど・・・」 ◆天井裏 「死ぬ・・死ぬ・・。」マシーナが倒れながらつぶやいた。 何度も恐ろしい落下物から身を隠し、あまりの恐怖に休みなく階段を登り切った時には足がもつれ呼吸ができなかった。 「だから、休み休みと・・。」シエンもやってきて息をきらしすわりこんだ。パニックになったマシーナを追いかけ。 最後の150メーもマシーナの様子を見て危険と判断しそのまま登ることにした。 「最後は・・・・ちょっと慣れた。」マシーナが言い訳をする。 練習とは状況が違った。飛び散る火花や焦げる匂いとダクトに吸い込まれそうになる恐怖。生きた心地がしなかった。 「とりあえず休んでくれ。・・テオに連絡する。あと水分補給を。」シエンもしばらく動けなさそうだ。 マシーナは壁にもたれかかって上を見る。(ここが天井裏で・・あの上は外の世界) 暗くて広い駐車場みたいな風景だ。もっと埃まみれの古いボイラー室の様な場所を想像していたが、ところどころに非常灯が小さく灯り通路や案内、 手すりも付いており整備された公共施設の一部の様だった。 つねにどこかでずっと低い機械の音が鳴っていて、チュンチュンと金属のこすれるような音、急にドンと爆発の様な大きな音がしたり、街の騒音が反響で聞こえてくる。不思議な空間をしばらく眺めていた。 (この世界は機械仕掛けで動いている。)そう感じられる。 (いや自分もそうだ。左腕も右目は機械だ。体は一部が他人の臓器で生きている。自分の存在はどれだけ残っているのだろう。) この空間にいるとそんな思考に陥ってくるが、そんな場合ではない事態だと気がついた。 シエンが無線で到着を報告しているとマシーナがやってきた。「水・・全部飲んじゃった。あとトイレいきたい。早めに」 「オーケー。天井裏にだってトイレも水道もある。一緒に行こう。」
図面を確認しながら床より一段高くなった金網の歩道の上を歩いて行く。嵐を防ぐ外殻は頑丈な構造だが、歩道の下は、R層の天井部分となる内核だ。軽量化のため薄くなっていて直接歩くのは危険だ。 「この通路を左に・・あれだ。」柱を指さした。大きな柱にドアが付いて 小さな赤い光がついている。 ドアを開けると自動で明かり点灯して中は奇麗な洗面とトイレになっていた。 マシーナが入っている間、シエンは天井に降りるハシゴの位置を確かめに奥へと進んだ。 二重構造がどこまで続いているかは図面にも乗っていないが、歩く音の反響でかなり奥まで続いているとわかる。 すぐに手すりに囲まれたハシゴを見つけた。そこを降りれば天井のキャットウォークにでるはずだ。 ハッチ状の蓋を引き上げてスライドさせると、ハシゴが2mほど下に伸びた。 キャットウォークは金網状の吊り橋のような歩道でタワーの向こうまで続いている。R層で最も高い位置にある通路だ。 目が回る感覚になるが。見慣れた街を天井から眺めるおもしろい体験だった。 シエンは通路に降りると揺れや広さを確認した。(手すりもあるし強度も問題ない。ここからヘラをホイスト(クレーン)で上げても問題なさそうだ。) 「シエン?」。マシーナは洗面所から真っ暗な空間に向って声をかけるがシエンの気配がない。明るさに目が慣れると今度は天井裏がこんなに暗かったかと不安になる。ドアを開けっぱなしにして金網の歩道に降りると、すぐ照明が消え暗闇に戻ってしまった。 あわてて戻りマシーナは洗面所のドアの横で赤く光るスイッチを押すと、赤から緑の光に変わった。 小さくモーターが動きだしたような音が背後から聞こえてくる。ウウウウーーーと音は大きなっていく。 「なに?なんなの?」マシーナは洗面所の中に隠れた。 シエンも天井裏に戻り、巨大なモーターの音に気が付いていた。「なんの音だ。」 カーン という高い音が空間の先から聞こえ、シエンが目を凝らすと、空間の奥がうっすら照らされた。 カーン カーン カーン 音が近づいてきて奥から順に闇が消えていく。そして音が自分を通り過ぎると真上の照明が点灯した。 (誰かが照明をつけたな。マシーナか?それとも誰か来たのか。) マシーナを呼びに戻ろうとしたが、その天井を見て思わずシエンの体が硬直した。 小さな光は予備灯ではなかった。ぼんやりと薄暗い天井に真赤な機械がびっしりと張り付いているのが見える。 (ドローンがこんなに?) 想定では多くて50体ほどだったが、その倍以上は居そうだ。頑丈な外殻にさらにフレームで補強しぶら下がっている。 身を寄せ合うようにぎっしりと固まったドローンはカインの命令を待ち、しずかに動き出す時を待っていた。 ◆外殻テオとコウ コウが勢いよくモップを外壁に突き刺しタワーのくぼみに身を隠した。周囲の風がかなり強まっていて、ときどき来る強烈な突風に飛ばされてしまえば、丸いドームの上を棒きれの様に転がって落ちるだろう。 テオからの通信が入る《そのあたりに通信装置の予備があるはずだ。ケーブルをたどって爆薬をセットしてくれ。》 「了解。テオはいまどこ」 《タワーの反対側にいる。メインのケーブルは見つけたがダミーのケーブルが覆ってる。こいつをどうにかしないと駄目だな。》 コウは身をかがめ、四角く大きな装置に手のひらサイズの爆弾を接着しボタンを押す。爆弾は緑色に点滅しスタンバイ状態となる。 そしてまた周囲を見渡しケーブルを伝っていく。 爆破のタイミングはヘラとマシーナがタワーのレーザーを麻痺させた直後だ。 それまではカインに気が付かれないよう、ひたすら爆薬を設置して全ての通信ケーブルを同時に破壊する。 コウが再び分岐装置を発見し近づいた時、突風で一瞬体が浮いてケーブルにしがみつき屈みこむ。 そこから見える空は真っ黒な雲に覆われタワーを囲む渦が生まれ、地上は風車の装置群が既にグルングルンと勢いを取り戻し回っていた。 風から生み出されたエネルギーがケーブルの中を走り、途中の装置で枝分かれしつつ、タワーを登る。ケーブルにしがみついているコウを追い越し、センタータワー付近から外殻を貫いて天井裏に潜り、日光装置やドローン群、様々な機械にエネルギーが供給され始めた。 ◆天井のマシーナ ![]() マシーナは天井のキャットウォークの手すりにしがみついて、下を見ては「これは無理ムリむり。」と泣き言を言う。 「場所が違うだけで練習と同じだ。絶対に大丈夫。いちいち下を見なくていい。」シエンが励ますが。立ち上がることもままならない。「そこで座ってていいから、慣れてくれ。ダストシュートの時も最後は慣れただろ?」 マシーナはあの時、見栄を張ったことを後悔した。 「俺は先に行ってホイストをセットしてくる。」シエンが重たそうな機械をもって歩くと通路は左右に揺れた。 シエンが向かっているタワーは約70メー程先にある。歩くのに危ない幅ではないし、高いところが苦手なつもりはなかったが、ここはあまりにも高すぎる。金網状で下が見えて、独特の巻くような風、そして頼りない手すりは途中で途切れている。どんどんと遠ざかるシエンを見る。 (シエンは恐怖の神経が何本か切れているに違いない。いや単にアホなのだ。)と腹立たしく見る。「まってぇ・・・」 マシーナも両手で手すりを掴み、中腰で進み始めた。 タワーのそばまで進むと、少し下にはタワーにびっしりと設置された黒いカメラ群が確認できる。そのさらに100メーほど下の方には居住区のベランダが並んでいる。シエンは下を覗き込みヘラがいる部屋の位置を確認していた。 ここからワイヤーを下ろし、カーラが引き寄せ、ヘラに固定したあとウィンチで引き上げる。 その後、ヘラは祭典の会場側のカメラ群へアベルを投射し、マシーナもヘラと反対側から降下してタワーの両面から同時にアベルの照射を始める計画だ。 大半はタワーの監視カメラで、そこにカインのレーザーが何台も紛れて設置されており、マシーナとヘラがそれを見つけ数台ずつ潰してゆく。 (カインに気が付かれればドローンがすぐ飛んでくるだろう。どれだけ早く潰せるか時間との勝負だ。) 振り返るとマシーナが、手すりが途切れる場所で床にしがみついていて、これ以上は無理そうだった。 「もう戻るにも大変じゃないか・・。 いや・・」 シエンはふと思いついて天井裏の設計図を見た。 (このあたりの空間は設計図に記載がない。もしか・・。) シエンが先に進みながら天井を見る。後ろから「まってー」と声がする。 「やはり!」マシーナの降下予定のポイントまで進むと、そこにも天井裏へつながる昇りハシゴがあった。 ◆降下ポイントの天井裏 「最初からここにも入口がありそうだとか、プロなら気が付くと思うけど。」マシーナがひどく腹をたてている。 マシーナの降下ポイントの真上にも出入り口があることが分かり。さらにはテオたちがいる外殻と天井裏を繋ぐエレベーターまで発見した。 こちら方が本格的な設備になっており、おそらくカイン達がドローンの搬入の際に外殻との移動に使っていたのだろう。 何の気配もないのは既に搬入も準備も完了しているという事だ。 結局マシーナは10メーほど手すりのない箇所を越えられず、シエンと天井裏に戻った。 だが新たに発見した昇降ハシゴのおかげでマシーナの降下ポイントの真上まで天井裏を通っていけるようになった。 「でも、ロープで降下する事には変わらないぞ。」 「あの通路を歩くより全然まし。手すりが無いのに置いて行くなんて!」マシーナは頑丈そうな手すりに腰掛け、ペチペチと叩きながら抗議している。 マシーナの恐怖を感じるポイントはよくわからなかったが、降下ポイントに近いこの場所はマシーナやヘラのサポートがしやすい。 「まだ時間がある。先に通信ケーブルを見つけよう。悪いが撮影を手伝ってくれないか。」 シエンはあたりを見渡しマシーナに協力を頼んだ。 「マシーナ?」 先ほどマシーナが腰かけていた方向を見るが、マシーナがいない。何か違和感がある。「置いて行ったお返しのつもりか?謝るからここで変なイタズラはやめよう。危険だ」 全く気配がない。 (まずい。)シエンはすぐマシーナの位置を示す探索レシーバーを取り出した。 「マシーナ!マシーナ!」シエンが大声でよびかけた瞬間、遠くからマシーナの悲鳴が聞こえてきた。 ◆タワー外殻 いよいよ移動もままならないほどの凶暴になった風がタワーの外殻を掻きむしる。到着から一晩で全く別の世界へと変わったが、この嵐の方がよく知る外の世界の風景だ。 『Q層からレールが降りている場所が見えるな? そこにハッチかエレベーターのドアがあるはずだ!』 「運ぶものは?!」ヘルメットをしていても風の音が邪魔になり始めた。 『ヘラのボディ。上半身だけでいい。あと残りの爆弾と起爆装置も頼む!』 キューーーーン。コウの吸着グローブが最大出力になり悲鳴のような音を出している。風をうけるたび、大きな荷物が煽られ、膝をついてモップにしがみつく。 「こりゃなかなか。まずいな」あと数十メートル程だがそこまでは隠れる場所も無く、グローブのバッテリーが尽きれば終わりだ。 《コウ!エレベーターのドアを発見した!スイッチを探している》テオの声も必死だ。 「テオあと40メー程度なんだが身動きできない。ワイヤーで引き上げてくれないか。私がドアを破壊する」 《了解。ワイヤーを送る。掴んでくれ》 モップにつかまっているコウのそばにワイヤーの先端が飛んできた。風で暴れるワイヤーに手を伸ばす。 テオは渾身の力でワイヤーを引いていくと大きな荷物を背負ったコウが、膝をついては立ち上がり近づいてきた。「大丈夫かコウ!」テオもコウもしがみつくのが精いっぱいになり、あと少しの距離で動けなくなる。 その時テオの後ろでエレベーターが動きだした。《だれか登ってくる!急いでくれ》 テオは銃を取り出したかったが、ワイヤーを掴んだ状態で身動きができない。エレベーターのドアの下から光が差し込み、上がってきたのがわかる。 コウはタワーの陰に入りモップを床に突き刺し叫んだ。《テオ!こっちはもう大丈夫だ!》 テオはそっとケーブルを離すとその手で銃を取り出し構えた。ドアは至近距離。相手に反撃の隙を与えず倒すしかない。 壁からドアの形が浮かびあがるとテオはトリガーに指をかけた。 ビーーーーーー!大きな音が響き、ドアが少し凹んだあと、勢いよくスライドした。 「キャアアア-!」中から悲鳴がきこえ、テオは思わずトリガーを引きそうになったが、早く屈んでエレベーターの中を確かめた。 《 マシーナ!? エレベーターの中にマシーナがいる!》 モップにしがみつくコウにテオの驚く声が入ってきた ◆決戦直前の集結 「遅れてすまなかった。嵐にてこずった」テオとコウがエレベーターで降りてきた時、ボディスーツに吹き付けられた砂埃や傷、そして冷たい外気を纏った匂いがして相当過酷な状況だったことが分かる。 何よりあのコウが疲れて床に座り込んでいる。「マシーナ助かったよ。吹き飛ぶところだった」 「たまたまエレベーターを見つけて」エヘヘと笑った後シエンを見るとこちらを睨んでいた。 マシーナがいた場所は昇降リフトになっており、マシーナが叩いた手すりについたボタンが反応し、外殻までリフトアップされ、あやうくテオに撃たれるところだった。 「マシーナのおかげで一気に状況が整った。すぐにタワーの降下に移ろう」皆がうなずく。 「タイミングを確認しよう。シエンがワイヤー投下し、ヘラを引き上げる。同時にマシーナもカメラ近くに降下して二人で同時にタワーにアベルの照射開始だ。あせらず慣れながらやってくれ」マシーナが親指を立てている。 「シエンはヘラの引き上げ。 コウはマシーナの降下のサポート。アベル照射を始めればカインに気付かれるだろう。そ の時はアンチドローンで対応を頼む。 レーザーを無効化したら天井裏に集まって安全な場所に退避だ。エレベーターの側がいい。すぐに俺とコウが外殻でケーブルを爆破する。よろしく頼む!」 「了解!」全員の声が響いた。 ◆1202室 ヘラとカーラ カーラがヘラのハーネスのアタッチメントを調整している。 「カーラ。マシーナを助けてくれてありがとう。」突然のヘラの言葉に驚いた。 「いえ、お礼を言われるようなことは・・。」調整を続けながらカーラは答えた。 「あの子を育てたのはテオとマンマ。そしてシエンとあなたが助けてくれた。私は本当に何もしてない。 いえ・・むしろ私がマシーナもあなた方も巻き込んでしまった。」 カーラは何も言えなかった。(ヘラはケイトの事までしっているのだろうか。) 「検問での事も、移植の事実を知ったのも最近で。知った後もただただ申し訳なくて・・。」 カーラは手を止めた。「ヘラ。私も同じです・・・。先日シエンから聞きました。マシーナは5年前の銃撃が、私である事を知らないのですか?」 「ええ。そのことは知らなくていいと思うの。すべては私とカインによって・・」ヘラの静かだが深い怒りを感じる。 しばらく沈黙が続く。事実を打ち消しあう事はできない、ただカインによって刺し違えた過去を慰めあっている。 ヘラが切り替えるように話し始めた。「あの子の為にも計画は絶対に成功させましょう。」 カーラもうなずく。 「そしてカーラ。貴方にお願いがあって。この作戦の後の事ですが・・もう一度マシーナを助けてください。」 「もちろん。なんの事です?」 「カインが消えた後は、あなたにマシーナの母親になって欲しい。」ヘラの覚悟したような言葉に戸惑った。 「ヘラ。カインを消して、また一緒に暮らす為の作戦ですよ。」 うなずき、少し間があってヘラが答える。 「ええ。私にはあまり残された時間がありません。テオから聞いているかもしれませんが、今後は、そう長くはないのです。ただ私が心配なのはマシーナの事で・・あの子も病状が悪化しています。いつ容態が変わるかわかりません。」 カーラは突然のヘラの告白が誇張なく差し迫ったものであると感じた。 二人がそんなに深刻な状態であったことに気が付けなかった事が情けなくなる。 ヘラは二人きりになるまで待って打ち明けてくれたのだろう。 その彼女の覚悟と悲しみが伝わってくる。ヘラの背中に手を当て横に座った。 「・・そんなに悪いのですか?マシーナも・・。薬があれば心配ないと聞いていましたが。」 「ええ。彼女は血液の異常ですが治療が可能です。ただ、手術にはあなたの血液が必要なのです。どうかこのわがままを聞いてほしい。」 ヘラの体が震えている。その姿がカーラの胸に穴をあけ、ずっと秘めていた思いが噴き出させた。 眩暈がするほどのカインへの怒り。 (これは怒り 恨み 全てだ。運命を狂わせたものへの復讐をしなければ) 衝動的に思わず立ち上がり、ヘラを見る。 「もちろんですヘラ。カインを消して、すべてうまくいきます貴方もマシーナも!」声が震えている。 ヘラはふだん物静かなカーラの迫力に驚いたが、同時に彼女の中でのマシーナの存在の大きさが嬉しく。頼もしかった。 「カーラ。あなたが一緒なら無敵よ。連絡橋の時も恐ろしくてもう駄目だって覚悟したのよ。シエンも2度も倒されたのはカーラだけだって。」 「そ、そうでしょうか。え?」カーラはヘラの言っている事が全く分からなかった。 その時、外で花火が上がった。二人は驚いて花火の方を振り返った。 祭典の後半、アンドロイドの祭典の前夜祭が始まったのだ。 祭典の残り二日間はアンドロイドの祭典と合同のフィナーレがある。 アンドロイドの権利を訴える集いやパレード、最終日はアンドロイドによるショーや最新のパーツや義体などの展示も行われ、最もアンドロイドが集まる日となる。 カーラは部屋の電気を消して、祭典を祝う華やかな様子を高層階のベランダから眺めた。 目前に花火が広がり室内に二人の影が映る。 「特等席ね」とヘラがいうとカーラも同意した。 (おそらくカインもこの花火を眺め、ドローンやアンドロイドを指揮するタイミングを見ているだろう。 かまわない100体来たら100体殺すのみだ。) 二人は守るべき者を共有しあった瞬間から、不安な覚悟は揺るぎない決意へと変わった。 花火が勝利を確信させる祝福のように感じる。 そして相変わらず花火を火事と勘違いした消火ロボットがタワーの壁を忙しく這いまわりだしていた。 6章 決戦の嵐 |