小説 サイバーパンク3001 -路地裏のダンサー

4章 大劇場の祭典



―――――第4章――大劇場の祭典―――

◆大劇場の祭典

光で立体化した一角獣がメイン通りを駆けぬけると道路に集まる人々が歓声をあげた。サーチライトが回廊を作り、
再現された星空が世界の神話を映し出す。3年に1度の大劇場の祭典が始まろうとしている。
大劇場前のメインステージで層長がスピーチを行う中、他層の来賓を乗せた大きな車はいまだ次々と到着して、赤い絨毯の上を通されてゆく様が、絢爛豪華な空間を演出している。
会場の端では警備員があわただしく連絡を取り合い、赤い帽子を被ったロボットは泣いている子供に迷子を知らせる風船を持たせていたが、早速、事件発生の一報が入ってロボットは風船をパトカーに押し込み、封鎖ゲートへ向かった。


◆マンマの劇場ビル

長い挨拶の終わりを待ちかねたように盛大に花火が打ち上げられ、メインタワーでは早速消火マシンが誤動作し見当違いに放水をはじめている。

マンマは花火の音を聞いてもなお、オフィスの古い電話から指示を送り、カタカタとキーを叩くのに忙しそうだ

「あんた達がさっさとマシーナを連れてってくれた方が助かるんだがね。この腹巻きがきつくてたまらん」腹をさする
「絶対に外さないで下いよ。相手が帰るまでは我慢してください。」
「連中がおとなしく帰るもんか。」
「とにかく、話を断ったらすぐ下の4階に隠れてください。ダミーと入れ替えます」
「今日は客なんかほとんど来ないだろうけどね。アンタくらいか。バレバレじゃないか。」
もうすぐ命がけの交渉があるのだが、マンマの世界では慣れたものなのだろうか交渉直前まで仕事をするようだ。

そのマンマのビルの裏路地にテオのワゴンが止まった。コンサートの音そして小劇場の音楽などがきこえ街の隅でも祭典の賑わいは感じとれた。「シエンこちらは準備出来た。駐車場を挟んだゲートにパトカー1台とロボットが1台いる。ゲートは封鎖中。車両の突入は無理だろう」
テオに任せるのは安心感がある。聞かずとも必要な情報をくれる。
「了解です。裏口にコウがいるので、そこでヘラをおろして4階で待機させてください。今は誰もいないので隠れなくて大丈夫です。」
裏口に回ると黒いヘルメットとボディスーツのコウが暇そうに壁に寄り掛かって足をぶらぶらとさせている
「ヘラいきましょう。」
後部のハッチが開き巨大なロボが降りてきた。分厚い装甲の手足とヘラを守る特別な防弾ジャケットとシールド。そして高性能センサーを搭載したヘルメットは義体というより巨大ロボでヘラが操縦士である。
コウが階段を確認した。「いいぞ。」
ヘラが身をかがめて裏口をくぐり、階段に足をかけた、強化された足や腕はイメージするだけで動き、軽快に階段を上る。しなやかな動きで足跡も響かない。
「とても動作が軽いわ。乗り心地もいい。」ヘラは驚きテオに通信した。
「すごいな。」コウも感心している。
「特殊部隊のフレームがベースだが、乗り心地は民生用まで快適化した特級品だ。慣れたら数回のジャンプで上まで登れるよ。」
ヘラが4階まで上がると上の階の音楽も聞こえてきた。4階は絨毯敷きの優雅なホワイエになっており、各会場の待機場所として利用される落ち着いた空間だが、部屋の隅に銃を持ったマンマが立っていた。
「ヒっ」ヘラは小さく悲鳴を漏らした。
無人とは聞いていたが、ロボットは居るのを失念していた。偽マンマは片手を上げた「どうも。マンマ デス」
「心臓が止まるかと思ったわ」
「図体ハデカいのに気は小さいんだネ」挨拶だけ丁寧な偽マンマ。本物も口調はこうなのだろうと想像がつく。
「ヘラ。調子はどうですか。」シエンが降りてきた。
ヘラ「痛くないし快適よ。少しだけオーバーアクションで振り回されてる。」
シエンはヘラのジャケット開けて動作の感度を調節しながら作戦の確認をする。
「交渉中は無線が使えないのでモニターで五階の状況を把握してください。戦闘が発生した場合は劇場の照明を落としますのですぐ、マシーナの控室に回収に向かってください。自動で暗視モードになります。」
「問題が起きたら控室ねオッケー。シエンもすぐ来てね。」ヘラは深呼吸を一つし自分に言い聞かせるように反芻する。
「図体ハデカいのに気は小さいんだネ」
「ええ・・怖いわ。マンマあなたは平気なの。」
「心配無用。これがある」偽マンマは大きな銃をなでた。


本物のマンマはイライラと落ち着かず、ずっと控室にこもっているマシーナの様子を見に行った「マシーナ。着替えは済ませ...」ドアが少し空いている。マンマは隙間から覗いたが控室に人の気配がない。トイレにも誰もいなかった。

「マシーナがいない?」シエンは青ざめた。
「たぶん、いつもの路地裏にいっただけだろ。どれ。」マンマは廊下の窓に顔をつけて下を覗いている。
「ホレいた。あのバカ。」
「連れ戻してきます。今は危険だ」
同時に階段を駆け上がってくる音が聞こえてコウが飛び込んできた。
「シエン。ビルの裏にマシーナみたいなのがいる。ありゃ誰だ・・。」 
「コウ?無線はどうした。」
「無線が繋がらない。ゲートのジャミングかもしれない。」
「分かった。マシーナを連れ戻してくるから。ここにいてくれ」(カインにみつかる前に連れ戻さなければ。) 
シエンは急いで階段を降り、ビルのエントランスへ出ると、ミラーになっている内壁から外のマシーナが見えた。
警官と話をしている。封鎖中の通りに出てきたマシーナに帰るように言っているのだろう、促されて劇場へ向かって歩き始めた。
警官は大きな襟の見慣れないコートを着ているが、そこからのぞく横顔と目と髪型に見覚えがある。
「・・カーラ!?」
(いまマシーナはカーラと会話していたのか。)お互いが気が付くことは無いが。ずっと待ち望んでいた二人の対面の瞬間だった。シエンはこの状況に意識を奪われたが、すぐ我に返りマシーナを追うと、マシーナは裏口に向かう途中で壁に手をついてしゃがみ込こんだ。そして震える足で立ち上がって裏口まで行くのをあきらめ、こちらの正面エントランスへ向かってきている。
(マシーナ・・やはり状態が悪いのか)すぐにでも手を貸しに行きたい衝動を抑え、劇場へと戻った。
「マシーナが戻ってきた。正面階段を上っている。コウは裏口へ戻ってくれ。マンマ。マシーナを休ませてくれないか、体調が悪そうだ。」 マンマはうなずいた。

シエンは客席の隅に座り。ダンサーとして出演しているボディガードに状況が戻った事を合図した。
(もうすぐ21時。・・予定通り進めばいいが。)

◆裏口
コウが裏口の階段を降りると同時に、車が通る音を聞いた。(カインが来たか。)裏口のドアを開けると、黒いワゴンが裏口を通過し正面入り口へ車を止めようとしていた。
「おい裏口はこっちだ!」コウは声をあげワゴンに駆け寄ると、ワゴンの後部ハッチが開きはじめ、ロボットの足が4本
覗いた。「おい・・。」すぐにモップを構え近づく。
さらにロボットのボディが見え、銃が見えてきた瞬間、2体のロボットがコウへ発砲した。コウは数メートル吹っ飛ばされ仰向けに倒れた。
ワゴンの助手席から、トレンチコートに深く帽子をかぶった男が降りて正面玄関へ入っていく。
コウはモップに展開したバリアを消して起き上がり、ワゴンに向って素早く駆けだした。ロボットは再び銃を撃ったが、コウは軌道を読み弾丸を避けてワゴンの後部へ飛び込むと、その勢いで1体のロボットの首をモップの先端で貫き、そのまま柄を抜いて、警棒の様にもう一体のロボの手から銃を叩き落した。
ワゴンは後ろのハッチが開いたまま、急にバック走行を始めビルから遠ざかっていく。
「車を止めろ!」コウが運転席のロボへ飛びかかろうとしたが、後ろからロボが抱きついて押しつぶされるように床に倒れこんだ。必死にロボットを引きはがそうとするがロボはビクともせず、ワゴンはコウを乗せたままバックとは思えないスピードでビルから離れ、既に作戦の範囲外のエリアまで遠ざかっている。







劇場の5階では異常な足音に気が付いたマシーナとダンサーが客を帰らせていた。
シエンはすぐに劇場の照明を落とし、正面へ降りる階段で銃を構えた。(強襲か。路地裏でマシーナを確認されたか。)
激しい足音は下の階まで登ってきて突然止まり、離れた裏口の客が逃げる足音やマンマの声が聞こえてくる。 
階段は外の街灯が少し入ってくる程度で肉眼では数メートル先の踊り場ですら闇の中になる。
「交渉はどうした!騒ぎで検問の連中がくるぞ」シエンが下の階へ呼びかけたが反応はなく、先ほどまでの気配が感じられない。
「もうマンマもマシーナも退避させた。大人しく帰るなら追わない」シエンは銃に付いている暗視モニターで下の階を覗き込んだが死角で人影を確認できず、明るい不利な位置を避ける為に静かに後退して窓の淵に身をかがめた。
外ではカーラがパトカーに向っているのが見える。

 コウを乗せたワゴンは、猛スピードで後退していたが突然、スモークが上がる程、急ブレーキをかけて停止し、コウはロボットと共に勢いよくハッチから落とされた。落下の衝撃でロボットの腕が取れ、遠くまで転がり、再び急発進したワゴンはロボとコウ達を道路に捨てるように去っていった。

(クソ。かなり離された。)コウはすぐ起き上がり劇場方を見た瞬間、劇場から閃光が走り、その数秒後に爆発音が響いてきた。


目のくらむような光にカーラが包まれ。シエンはのけぞるようにして床に伏せた。ビル全体が振動し、周囲からガラスの割れる音が聞こえる。(ゲートを爆破した?何をするつもりだ。)
シエンが銃をもって立ち上がった時、目の前に2メートルほどの真っ黒な顔の男が迫っていた。
(しまった!)
シエンは襟首をつかまれ軽々と持ち上げられる。「グウっ」蹴りを食らわせるが、壁をけっているような感触だった。
間近に見える男の顔には奇妙な模様が走りうっすらと光っている
「マシーナはどこだ。」機械的ではない生々しい男の低い声が耳元で聞こえる。
シエンはブラスターを落とし、首にかけられた手をほどこうとするが、岩のように固く少しも緩めることが出来ない。
「黙っていれば死ぬぞ。」
シエンはステージを指さした。黒の男は振り返り、指さす方向を見ると、マンマが大きなアンティーク銃を構えている。
「その男を降ろしな。」
「んん。面白いなマンマ。逃げたと思っ 
ドン!
男が言葉を言い終える前に、マンマは銃を撃った。
「アリャ。撃てちまっタヨ。アンタ人間じゃないね。」
黒い男の左の腹がえぐれ 腕からシエンが落ちた。「ぐああ・・。」シエンにも銃弾がかすめて肩を負傷したようでうめき声をあげている。 「・・人を盾にしても撃つか。」
マンマは素早く持ち手をスライドさせ再び発砲したが、男の体の表面で弾丸ははじかれ、廊下の壁に無数の穴をあけた。
男は屈む姿勢をとると、銃を構えたマンマの懐に一瞬で飛び込み、胸に強烈な拳を撃ち込こんだ。銃声と同時に鈍い音が響きマンマはステージの下まで滑るように飛ばされた。胸から火花が散っている。
「ふむ。」男はため息の様な声を漏らすと、潰れた拳を見た。「強化フレームか。いい素材だ。」
 床に倒れていたシエンはブラスターに手を伸ばす。
「無駄だ。私には効かない」その動きを察知し振り向かずにシエンに警告した。
男の体が薄く青いシールドが覆われている。シエンは痛みで肩が震える中、狙いを定めた。
コッ 
不意にヒールで堅い床を歩くような音が聞こえ、男は暗いステージの方へ身構えた。
暗闇から、黒い男より更に大きなロボットがこちらを見ている。(いつのまに・・この距離まで近づいたのか)
「まだ仲間がいたか」男は警戒しながらコートから銃を取とうとすると、巨大なロボットの頭部のバイザーが開いた。
「お前は・?!」男はバイザーの中を見て驚いた声を出した。同時にバイザーの奥から赤いレーザーが放たれ男の眼に刺さる。
「グオオッ!」獣のような声を出し両手で顔を抑えた。うずくまった後に、体を反らせ立ち上がり、毒薬でも飲まされたように激しく暴れはじめ周りの壁やテーブルに倒れ込み、立ち上がっては明らかに苦しそうに悶えている。
そして男は逃げようとしたのか窓へ近づいた時、体を覆っていたシールドが消えた。
その瞬間シエンがブラスターを撃ちこんだ。男の頭は半分吹き飛び火花を散らし、崩れるように膝をついた。
バイザーをおろしたヘラは、勢いをつけ男を蹴り飛ばすと鈍く重い音がして黒い男は人形の様に宙を舞い、
割れた窓から外へ落下した。
ヘラは落ちた男が路上で全く動かなくなっていることを確認し、シエンに駆け寄った。
「大丈夫?!何が起きたの。」
「ヘラ・・。外の検問のゲートが爆発して同時に連中が突入してきた。マシーナは?」
「控室にいないわ。一人で逃げたのかしら」
「別の階に隠れたのかもしれない。下を見てきます。ヘラはこの階を探してください。」

シエンはマシーナを探しに裏口に出でると同時に無線からテオの声が聞こえてきた。『シエン無事か。』
「テオ!無事だが、マシーナとコウがいない。ヘラが5階を探してる。襲撃してきたカインはヘラが排除した。」
『ヘラが?了解。コウは連絡が来ている。カインの車で連れ去られたが途中で脱出して無事だそうだ。マシーナも控室の窓からは降りていない。まだビルの中だろう。 ちょっとまってくれ・・なんだ・・新型のドローンか。』

ヘラは5階でマシーナを探し続けていたが。こんな巨人がうろついていてはマシーナが出てこないだろうと考え、動き回るのを止めその場から声をかけた。「マシーナ!マシーナ返事をして。」その時、耳障りなプロペラの音が聞こえてきてヘラはすぐに柱の影に隠れた。
『ヘラ!新型のドローンがビルへ入っていった。気をつけろ。』テオの無線が聞こえてきた。

階段の通路から巨大な虫のようなドローンが羽音をたてて劇場に侵入してきた。赤い眼が光り虫の様な足があり直径は2メー程ありそうだ。目から扇状にレーザーがでて室内をスキャンしている。レーザーが室内をぐるりと探りヘラの足元に赤い光が当たった瞬間、ドローンは奇声をあげてヘラに向って一瞬で最速になり突進してきた。ヘラはよける暇もなく体をつかまれ、テーブルを押しのけて窓へ向かってすさまじい力で体が引きずられていく。
「外に落とされる!」ヘラの危機に。シエンが応答した
『ヘラ落ち着いて!アベルを使って。』 
だが上半身をつかまれ距離が近すぎてうまく照準があわない。 
シエンが戻ってきて、ブラスターをドローンに向けると、ドローンは素早く察知しヘラから離れた。何度かブラスターで狙うが強いフラッシュで目くらましをしながら次の瞬間には別の場所に回避している。
「くそ。厄介な動きだ。」
「ありがとうシエン!」
ヘラは再びバイザーを上げ目の光をドローンに向けると、ドローンもその光に反応するように、ヘラへ赤い光を繋げた。
そして数秒もするとドローンはまるでヘラに紐で引っぱられるように窓へ向かい。猛スピードで外へ飛び出し、自らの 意思のように地面へと墜落していった。
(これは・・・すごいな。)シエンは改めてアベル3をカインが脅威に感じている理由が分かった。

ヘラの眼から光が消えバイザーが降りる。その時ステージ側から物音がして、シエンはすぐに銃を構えた。
暗いステージの陰から出てきたのは、大きな銃を手に持ったマシーナだった。(マシーナ!無事だった・・怖かっただろうに。)
「マシーナ・・マシーナ。」ヘラの声が震えている。

シエンは銃をもったマシーナを刺激しないよう階段に隠れ、そのまま車へ向うために慎重に階段を降りると、途中で下の階から足音が聞こえてきた。
(人の足音だが。今はマズイ)「コウか? 今降りる。そこで待っててくれ。」小さく声をかけながら下へ降りていく。

「誰かいるの?」

(この声はカーラか。)シエンはすぐに銃を腰に隠した。カーラは銃を構えて慎重に上ってきた。
暗くてお互いの顔は良く見えない。 シエンは両手をあげて話しかけた。「爆発があって客は逃げた。誰もいないよ」
「ここの女の子は?ピンクのドレスを着たダンサーよ。」
「多分、逃げたはずだ。上には誰もいなかった。」
「そう、わかったありがとう。」 それでもカーラは上に行こうとする
「危険だぞ。あんたも逃げたほうがいい。」
カーラは無視して上がってしまった。

シエンはすぐに無線でヘラに伝えた。
『ヘラ。今、警官が一人向った。でかいブラスターを持っている。危険だ。退却してくれ。』


シエンが裏口を出て、テオの車と合流した時、ビルの5階の窓からヘラが飛び出してきて、器用に壁の凹凸とハシゴを使い素早く地上に降りてテオの車に乗り込んだ。 ヘルメットの中からヘラの泣き声が聞こえる。
そして正面に見える駐車場ではマシーナがカーラの防弾コートを羽織って、一緒にパトカー乗り込む姿が見え、すぐに爆破されたゲートとは逆の道へ向かって走り去っていった。

「とにかく皆、無事でよかった」テオが声をかける。「ここから二手に分かれよう。シエンは、すぐパトカーを追跡して途中でコウを拾ってくれ。私はヘラを病院へ送ってからタワーへ行く。」
「ダメよ。私もマシーナを追います。」 
「ヘラ。これから先は作戦にない状況になる。危険だ。」
「いいえ。マシーナの方が危険だわ。侵入してきたドローンは何機?」
「ゲートで見たのは4機。一機は墜落したので。残り3機。あとロボが2機ほどいるはず。」

「そんなに・・。パトカー1台でマシーナを守るのは無理だわ。きっとタワーへ向かっているはず。すぐ追いましょう。」


◆追跡
テオの車が猛スピードでパトカーの後を追いかけた。
シエンも自分の車へ戻り追跡を始める。かなり離されたが。途中でコウも拾わなければならない。タワーまではそれほど
遠いわけではないが封鎖された道を避け遠回りになる。その間に、再びカイン達が襲ってくるかもしれない。
「テオ。聞こえますか!ジャミングの届く範囲を抜けました。これからはパトカーがタワーに逃げ込めるよう援護することに 集中しましょう。先にタワーへの入り口を確保してください。」

『了解だ。パトカーはマシーナを載せているから速度を出していない。先回りして待機する。ドローンは今どこにいる。』
「ここからドローンは見当たらない。 ジャミングを避けて遠回りしているとしても、ドローンの速さなら時間はかからないはず。上空警戒してください。」
ヘラの声が聞こえてきた。
『シエン。あのドローンに銃は当たらないわ。私が対応します。タワー近くの見通しの良い場所で待機したい。』
「了解ですヘラ。タワー入り口の前に連絡橋があります。そこで張っていてください。」
シエンは無線を切ると更にスピードを上げた。
パトカーを視界にとらえたのは予想外に早く、ヘラ達には準備の余裕があると思われた。
(タワーに向っているが速度は出ていない。間もなく追いつけるだろう。)
パトカーとの間には赤い屋根のワゴンが走っている。シエンは追い越すため車線を変更しワゴンの横へ進んだ時、それが赤い屋根ではない事に気が付いた。
黒いワゴンの上に3機のドローンが張り付いて運ばれていたのだ。
ドローンはワゴンにつかまってジャミングのエリアをやり過ごすと、一斉にワゴンから空へ飛び出した。
空中の一機が、急にシエンの車へ向きをかえ、フロントガラスめがけて突撃してきた。
「くそう!」 
急ブレーキをかけハンドルを切ったが車はグリップを失い、横滑りしながら歩道の電柱にぶつかって止まった。
シエンはドアを開け上空を警戒したが、ドローンは既にタワーへ飛び去った後だった。車を降りてフロントを確認する。ボンネットが浮き上がりライトは完全に潰れてしまっている。
「ああ!修理したばかりだぞ」 シエンの怒りの声は少し先にいたコウまで聞こえた。



センタータワーに先回りしていたテオとヘラは、連絡橋を少し過ぎたところでワゴンを止めた。
「テオ。二人がすぐに入れるように。エレベーターのロックを解除しておいて。私は橋の上で待機します。」
ヘラはサイドタワーから連絡橋へと上がると、 橋の向こうに圧倒的に巨大なセンタータワーが見えて、赤い光をまとって天井までそびえたっていた。センタータワーの入り口の上にはエリアを表す数字69が大きく壁に記されており権力と存在感を与えている。

ヘラはパトカーの到着に備えて橋の中央まで進もうとしたが、強化ガラス製の透明な床はヘラの巨体には頼りなく見えた。 その直後、車が激しく衝突する音が響いて来た。(音が近い。まさかパトカーが?)
ヘラが連絡橋から音のする方向を見ると、パトカーにロボットが突き刺さったままこちらへ走ってくるが見えた。
「ああマシーナ!!」ヘラは連絡橋から飛び降りようとしたが、ヘルメットから警戒音が鳴り、上を見るとドローンから投げ出されたロボットがヘラに向って落下してきた。
間一髪シールドでロボットの直撃を防いだが、そのまま床に押しつぶされ、尻が強化ガラスを簡単に突き破る。
ヘラは衝撃で目を回したが、手足をいっぱいに広げて落下を逃れ、落ちてきたロボットも受け身を取りながら転がり連絡橋の中腹ですぐに起き上がった。


 テオはエレベーターのロックをID使って解除し箱を1階へ降ろした。そしてワゴンへ向かおうと歩道を駆けだした時、ロボットが突き刺さったパトカーが、火を噴きながら勢いよく向って来ているのが見え、パトカーが急停止すると、
刺さっていたロボットが勢いそのままにテオの方へ飛んできた。
「うわ!」テオは間一髪ロボをかわして床に伏せた。ロボは柱に激突して崩れ落ちた。
「危なかった・・。」テオが安堵しているところへ再びパトカーが加速し突っ込んだ。

連絡橋では落下してきたロボットが一歩一歩とヘラへ詰め寄ってくる。眼の光を浴びせようとしても手でセンサーを隠す。明らかにアベルの事を知っているようだ。 そしてドローンも3機が飛来してきて、ヘラを上空で周回するよう降下し始めた。
(まずい、一度サイドタワーへ逃げなければ。) ゆっくりと後退を始めたヘラの視界にメインタワーのエレベーターから、銃を構えたカーラと、さらに大きな銃をもったマシーナが見えた。
ロボット達も二人に気がつくとドローンはすぐ飛散して距離を取った。
(マシーナ。来ては駄目。)入口のロックは解除していることを伝えたかったが、マシーナは必死にドローンをけん制し、全くこちらが見えていない。 
(いや・・あの暗い劇場で一瞬会っただけだ、私の姿などわからないだろう。)ヘラはこの状況の難しさに混乱した。

『面白い再会いだな。ヘラ』突然、目の前にいたロボットがヘラに話しかけてきた。
ヘラは困惑したがすぐに気が付いた。「何を言ってるの・・カイン。」

『ふむ。知らないのか。  5年前、君達を撃ったのは彼女だよ。警察官のカーラだ。』
ヘラはカインへの警戒を怠らずに、 マシーナと一緒にいる警官へ視線を向けた。
彼女はこちらへ巨大なブラスターを向け引き金に指をかけている。すさまじい形相だ。
シールドを出したいが、迂闊に動けばこの強化ボディすら吹き飛ばされるだろう。
『殺されたくなければ。ここは逃げるべきだ。』
カインが思わぬ事をつぶやき、そうしてカーラに飛びついた。
カーラは素早くブラスターを放った。カインは避けようとしたが顔半分に光弾が当たり右肩と共に溶けていく。
ヘラはその光景を見ながら、あの時の状況が生々しく蘇ってきた「あああ・・うあああ。」呼吸が乱れる。
カインの声が聞こえる。『君は・・撃たれてこのように体のほとんどを失った。この女のせいだ・・。』
ロボは力が抜けたように崩れ、火花を散らしながら割れた床から下に落ちていった。
ヘラの脳裏に恐怖と痛みが生々しく蘇ってきた。(落ち着け・・。それがこのカインの怖さだ。人を、感情を利用する。
自分では手を下さず。認識装置を操りカーラに私たちを撃たせた。怒りは全てカインの手中だ。)
ヘラは呼吸を整え状況を確認する。ドローンが旋回しマシーナを狙っている。マシーナに駆け寄ろうとしたが、ガラスが軋み踏み込めなかった。 
次の瞬間、カーラがヘラに向ってブラスターを撃った。光弾が大きい
なんとかシールドで防いだが強い衝撃で倒れそうになる。流されたエネルギーがヘルメットをかすめバイザーが割れた。
気絶しそうなほどの痛みが顔と腕に走った。「ううぅ」呼吸が出来なくなり力が抜ける。
(またこの女に殺されるのか・・。)

その時、一機のドローンが勢いよく空に舞い、急降下してマシーナをかすめてガラスの廊下を突き破り落ちていった。
マシーナが一瞬ヘラを見た。(マシーナが気付いた!?私だと・・)
マシーナの左眼が赤く光りもう一台のドローンを支配している。(アベルを使えることを私に知らせている。)
マシーナが命令を発するとドローンは自ら墜落した。残ったドローンは攻撃をやめ、空へ飛び去った。 
(・・マシーナありがとう・・・。必ず迎えにいく。) 
ヘラは涙が止まらないまま。サイドタワーの暗闇の中に消えるようにその場を去った。
ドローンが去った空の下に、シエン車が向かってくるのが見えた。


マシーナ達がセンタータワーに入った後、ヘラは周囲を探し始めた。
火花が散るパトカーの下から人の足がでている。「テオ!?」下を覗き込むと、やはりテオだった。燃えるパトカーを ひっくり返しテオをひっぱり出す。 「あ、ありがとうヘラ。腕が外れた。このまま燃えてしまうかと。」
テオを引き上げ抱きかかえている所に、シエンの車がガタガタと音をたて止まった。
フロントガラスが無くなりボンネットもつぶれた車から、コウが降りてきた。
「一緒にワゴン乗せてくれないか。シエンの車はもう駄目っぽい。気の毒だけど。」チラとシエンを見る。
シエンは無の表情で車の中で荷物をとりだしていた。
 
燃えるパトカーを感知しタワーの壁を伝って降りてきた消火ロボは、まだ見当違いの場所に大量の水を撒いていて、割れた連絡通路から滝の様に水が流れている。
ヘラ達を載せたワゴンは、その滝をくぐり、来た道を走り去っていった。



◆メインタワー警察署

タワー内の警察署はほとんど人がいない。1人だけテレビを見ながら休んでいる。
マシーナは暗くなった受付のベンチに横たわり毛布を掛けられ眠っている。
「はい、子供は寝ています。 ええ、いやそんな・・どこか空いてないのですか?いま襲われたばかりですよ。」
カーラは声を荒げて、強い鼻息と共に電話切った。
マシーナはぼんやりと会話を聞いていた。(また外に出るかな・・ここでいいから寝ていたい。)
カーラはまた誰かに連絡している。声の雰囲気では家族の様だ。「ルークごめんね。これから帰るから。あと急だけど、今日一人家に泊まるから。うん知り合い。私の部屋だから。うん。」
そして小声で「あ、あと悪いけど少し部屋片付けておいてくれる。」


タワーの車両エレベーターが開き護送車がライトをつけ出発した。仲間が運転して家まで届けてくれる。
カーラもマシーナもグッタリと力が抜け、シートに寄り掛かっている。
マシーナが熟睡している。すぐ隣で寝息を聞きながらカーラも家に着くまでの間に眠った。外灯の光がリズムをきざんで
二人を照らしカーラもマシーナに寄り掛かっていた。


◆カーラの家

ルークは昼からずっとPCに張り付いて編集作業に追われていた。机には食べかけのジャンクフードが冷めたまま残り、タイムラインを刻んでは並べ替えつづけている。玄関の鍵が開く音が聞こえて話し声が聞こえてきた。よれたTシャツに、伸びた髪はヘアピンで止めたままメガネをクイとあげ、来客を気にすることなくまたモニターに集中する。
「ただいま。」カーラが入ってきて素早くテーブルの上の物をよけたりしている。「どうぞ入って。ルークよ」
マシーナは少し慎重に部屋に入ってきた。ルークは「いらっしゃい。」と言いながらモニター越しにすこし顔をだした。
「マシーナです。突然お邪魔してゴメンナサイ。」
カーラの同僚かと思っていたルークは、マシーナを見て慌てて立ち上がるとヨレヨレの服を直しながら挨拶した。
「いいえ、全然。マシーナごゆっくり。」

案内されてカーラの部屋に入っていく。
マシーナとカーラがどういう知り合いなのか気になりその場で見送ると、再びモニターに目をもどし、
編集した映像を送信した。データが送られているのを見ながら、ギャラで買えそうなPCのパーツを検索し始めた。


《カーラは異常に重たい銃を必死にもちあげて、ロボの頭部に向けて撃った。シールドに防がれたが、光弾はひも状に広がりシールドを流れロボットのマスクを削ってポロポロと剥がれ落ちていく・・。
「効いた!」
マスクが割れ、バイザーが落ちるとそこには機械のレンズではなく、 血を流し涙を流す人間がこちらを見ていた。》

「うわ!」カーラは叫んで目を覚ました。暗い天井が見える。カーテンの隙間から夜が明けてきているのがわかる。
ひどい寝汗をかいたが、体が重たくそのまま目を閉じた。寝息が聞こえる。(そうだ、マシーナ。)
彼女が隣で寝ているのを確かめた。(今日は保護課へ行って・・いや考えだすと眠れなくなる。寝ることに集中・・・ 
カーラは再び眠りについた。


翌朝、マシーナは朝食のパンを食べながら電話しているカーラを見ていた。
「そんなおかしな話がありますか!? ええ。 ですが・・」 電話先の保護課の人間と何やらもめている。

(ルークのズボンのサイズが合っていて助かった。カーラのシャツは大きい。あとでシャツも借りよう。)

《ですから、カーラさん。祭典の期間と前後は受付ができないのです。しばらく預かってください。》
電話口の保護課の声が漏れ聞こえる。
カーラが怒り半分にマシーナに電話を持ってきた。「マシーナ。引取先の希望の確認よ。電話に出て。」
電話をわたす前に、マシーナに小声で伝える。(保護課の個室は新しくて綺麗で安全よ。泣き声でお願いして!)
マシーナはうなずき電話を受け取った。新しい部屋と個室は魅力的だが・・。
「こんにちは。マシーナです。」かよわい声で挨拶をする。
「はい。ええ・・」かよわい声で答える。  
「はい・・は??」思わず地声が出る。


「シッ」職員は小さくマシーナの声を制した。
『無事でよかったです。テオの者です。あの日、私も劇場にいました。しばらくカーラの家にいてください。
今夜、会いに行きます。その時に私から説明します・・。そして皆、無事です。』
「はい!」マシーナは返事をした。 
(まさか保護課の男はあのグッドチッパー。そしてなによりヘラが無事だった!)飛びあがりたい衝動を抑える。

保護課のグッドチッパーは咳払いを一つ、カーラにも聞こえるように大きな声で質問を始めた。
『それではマシーナさん!あなたの滞在先の希望を聞かせてください。
一つは「保護課の部屋」で3か月住むことができ最低限の保護費が給付されます。
もう一つは、「カーラさんの自宅」で待機し、最長1か月住むことができます。保護費はカーラさんに出ます。
どちらを希望しますか?』

「うーん。カーラさんの家にお邪魔します!」
カーラはコーヒーを噴いた。
『わかりました。後ほど説明にお伺いします。』
電話はすぐきれた。

「おは~よ~。」ルークが、マシーナがいるのを忘れてだらしなく入ってくる。
「あ、おはようマシーナ。」ぼさぼさの髪をなでながら挨拶しなおした。
「しばらくここでお邪魔になります。よろしくルーク」マシーナはかよわく挨拶した。
「よろしく。え?」


◆カーラの疑問

カーラはまだ事態が把握できず混乱していた。マシーナは証人として警察で保護できるはずだが、
Q層が絡んでいるためかその命令もない。忘れないように自分が見た状況を書き出していく。

ゲートが爆破。
ドローンの侵入と戦闘
5階の窓でマシーナを保護しビルのオーナー死亡  
人型のロボットがパトカー追跡して襲撃
マシーナを攻撃
ドローンが3台追跡
マシーナのドローンに対する言動
(こう見ると明確な作戦の元にゲートを突破しビルへの襲撃が行われている。そしてその目標はマシーナの誘拐である可能性が高い。巨大なドローンに高性能なロボ そして規模を考えると警察の手に負えるものではない。
マシーナを保護したが、ここに置くのは危険すぎる・・)

「カーラ。」頭を抱えるカーラにマシーナが心配そうに寄ってきた。「昨日は・・本当にありがとう。」
「いいの。あなたが無事で本当に嬉しかった。」 本心だ。
「カーラには言わなくちゃいけない事が・・。」マシーナは悩んでいる。この少女は何を抱えているのだろうか。
警察の指名手配にはなっていないし、マンマが取引で揉めたという規模の事件ではない。

カーラはマシーナの両肩に手をそえ、真っすぐに顔を見た。 「マシーナ。なにか事情があったとしても、ここには私の家族もいるしあなたを守れない。明日警察へ行きましょう。必ず私が話を聞くわ。」

「カーラは命の恩人だし信用してる。でも警察には話せないの。お願いだからここにいさせて。カーラには知ってる事を話すから。」
切羽詰まったマシーナの様子に判断を迷った。
「分かった。話を聞くわ。それで事情が分かったら・・ここにしばらくは居てもらうかもしれない。 でも危険があれば無理よ。」

マシーナはまっすぐにカーラを見てうなずいた。
「なにから話せば・・。まず母は研究者で。その研究のせいで命を狙われていたみたいで、Q層は危険だから私とR層へ逃げたの。でも一緒には住めなくて、私はマンマに預けられたの。」

よく聞く話だ。マンマはそういう人間を引き取る。そもそも自分もQ層から逃げてきたのだ。だが爆破テロまで起こし追ってくる連中とは何者なのか。
「マンマや貴方を襲ったのはそのQ層の追手なの?」
「たぶんそう。でも正直私もわからない。あのドローンも見たことない。ロボットが襲ってきた時、マンマに言われて私は控室に隠れたんだけど。爆発や銃の音がして、怖くなってステージに出たら・・マンマが死んでてドローンもいた・・。」
そのままマシーナは黙ってしまったが、今のマシーナの発言には大きな嘘があるとは思えなかった。
(その後、窓際で放心状態のマシーナを見つけたのだ。それまでの僅かな時間にさらに何かがあったのだろう。)

「わかったわ。マシーナ。今確認したいのは、その連中が誰で、あのロボやドローンがここまで追ってくるのかどうかなの。」
マシーナは細かくうなずき、大きく息を吸い込んでいる。
「連中は・・Q層の警察かと。私達はQ層の検問で警官に撃たれて・・・。 そこから目が覚めた時にはR層で。」
「警察?!」カーラは驚いて叫んでしまった。
マシーナがつらそうに冷や汗をかいている。

(Q層の警察がなぜ。検問で撃っ・・・・・。)

その時、窓の外で車の止まる音がした。カーラはすぐに銃をとりカーテンの隙間から外の車をチェックする。(一人か。ロボが乗れるような大きさではない。車は役所の車だ。保護課の人間が来たようだ。)
検問で子供を撃った警官・・・・・不安が混ざり心臓が一気に高鳴る。
マシーナに部屋に戻るように言うと、彼女はフラフラと立ち上がり、そして崩れるように床に倒れた。


【点と線】

マシーナはベッドで横になり眠っている。保護課の人間がマシーナに注射を打った。朝の電話でも彼女には持病があり、
その処方薬を持ってくると言っていた。
「まれに貧血のような症状がでるので定期的に投薬が必要なのです。」
カーラはなおさらこの家で預かるのは危ないと思ったが、いまや不安な気持ちはマシーナの話の事だった。

「カーラさん。マシーナから何か聞いたかもしれませんが。私からもお話しする事があります。」
「先ほど少し聞きました。母親とこの層へ逃げたといっていました。そして撃たれたと。あなたはマシーナとどのような関係なのですか。」 

保護課のシエンという男も言葉に迷っているようだ。「マシーナは大丈夫でしょう。外でお話しませんか。」

二人は外に出た。少し歩くと公園がありそこからR層が一望できる。遠くに見えるタワーの周辺は祭典で夜でも明るくきらめいていた。
カーラは先ほどからマシーナの言葉に憑りつかれていた。不穏と絶望が記憶の影から覗いている。

シエンはタワーを見ながら話し始めた。「私は。正確には保護課の人間ではありません。ですが、ずっとマシーナを見守ってきました。」
「ずっと?」
「ええ。彼女がR層へ逃げた時からずっと。手術をうけ、母親と離れマンマの所で生活している間も、マンマに金銭的な 支援をしました。そして時々マシーナには母親の近況をつたえていました。」

カーラは自分の足が地面についていないような感覚になってきた。

シエンは、カーラの方を見たが、タワーを背負った自分の影で表情が見えない。
「いまからお話しする事には、大前提があります。あの日の銃撃は識別装置のせいであって、誤認や誤射ではないと調べが付いています。」
カーラは足の力が抜けていく。「そんな・・まさか。」
シエンはすぐに続けた。「だからカーラ。あなたに理解していただきたいのは、マシーナと母親のヘラは・・・
だれも恨んではいません。これは本当です。」
シエンはこれだけで十分察するであろうカーラの様子を見るため一旦話をやめてベンチへ座らせた。
カーラは顔を両手で覆い隠すようにしてうつむき、いまの話を反芻している。

シエンはこの先を話すのが恐ろしかった。 話せば自分がカーラに殺されてもおかしくはない。

「大丈夫ですかカーラ。」
「え、ええ。ちょっとまって。ああなんて事。」
「落ち着いてください。あれは・・・不運な事故です。」
シエンは言葉に詰まった。どう伝えたらいいか最適な言葉を探す。
「重体だったマシーナと母のヘラを手術したのが、二人に仕えていたアンドロイドのテオです。とても優秀な移植技術を
もっていまして。二人は助かりました。」

カーラは黙って聞いている。
彼女の中でマシーナと母親、仕えていたアンドロイド。警官の銃撃。あの日の出来事と完全に繋がっていくのが分かる。
そしてもう一つ別の点が繋がる。(移植・・移植技術と言ったか。)

(まさか・・・)カーラは震える声で質問した
「同じ時期に・・私の娘がアンドロイドに襲われ誘拐されました。私の銃撃が原因で。」

シエンは懺悔するように声を絞り出す。
「ケイトは・・即死でした。誘拐ではありません。献体として・・・私が運びました。」
シエンが言い終わる前にカーラはベンチから前に倒れて泣き崩れた。
「ごめんなさいケイト。ごめんなさい・あああああ。ケイトー!」

シエンが近寄るとカーラはすぐにシエンの襟をつかんで引き寄せ倒した。あまりの素早さに反応できなかった。
「誤動作なら・・なぜ襲った!知っていたのに家族まで!」
カーラはすさまじい力でシエンを押さえつけている。濡れた眼差しが獣の様に鋭く、怒りと悲しみに満ちている

「・・お、襲ったのは、我々ではありません。母親のヘラを恐れて、あなたの銃に細工をし、アンドロイドを暴走させた者がいます。  我々はカインと呼んでいます。あのドローン達の主です。」

鉄の鎖の様に感じたカーラの腕からゆっくりと力が抜けていく。そのまま魂も抜けたかのように腰がくだけてカーラはシエンの上で伏せてしまった。

「ケイトは・・・・即・・即死だったのですね。」
「・・はい。いや・正確には・・昏睡状態でした。その後すぐ亡くなりましたが。眠るように穏やかで・・・」

≪生きていますように。≫
≪また会えますように≫

≪苦しまずに死んでいますように≫


病室でもがき祈りつづけ、砕けた心に、かすかな光を与えてくれたケイトのID。
その裏に血で書かれたメッセージ
「また会える。」

カーラは顔をあげシエンに聞いた。涙がシエンの顔にかかる
「あの時、ケイトのIDをくれたのは・・シエンあなた・・。」

「・・はい。私です。」
「カーラ。ケイトさんの心臓は、いまマシーナの中で動いています



【マシーナ】
マシーナが目を覚ますと部屋は真っ暗になっていてカーラが一緒のベッドで寝ていた。さっきは見られたくないところを見られてしまったが、不思議と体調は落ち着いている。
目を覚ましたときにカーラがそばにいてくれる事が嬉しかった。ずっと一人で過ごしてきた夜だったが、今日は隣に見守ってくれる人がいる。
ごそごそとくっつき、よう寄り沿って目を閉じる。カーラといるとなぜか心が落ち着く。他人なのに。マシーナはとても懐かしい安らぎの感覚に浸りながら深い眠りについた。(ずっとこうしていられますように・・。)


翌朝、目を覚ますとカーラは居なかった。ルークに尋ねると朝から大劇場の警備で夜中までいないらしい。
あとベッドの横に手紙を置いているので読むようにと。
マシーナは嫌な予感がした。追われる身で、しかもいつ倒れるかもわからない他人を保護してくれる人間などいない。
寝室にもどるとマシーナの荷物の上に手紙があった。

《親愛なるマシーナへ
昨日は話をきかせてくれてありがとう。つらい話をさせることが負担になってしまって
ごめんなさい。昨晩、保護課のシエンが来て薬を打ってくれました。今日また迎えに来てくれます。
また話をする機会があると思います。それまで保護課で休んでいてください。
                             カーラ 》

「やっぱり・・。駄目だよね。」マシーナは自分を納得させようと言葉がもれる。
(きっともうカーラとは会えないだろう。別の警官がきて対応し、・・シエンが新しい引取り先を探してくれるかもしれない。たった二日の間にヘラと再会し、カーラが来て映画の様にドローンから逃げた。カーラは強くてヒーローみたいだった。心配され。怒られて。家族みたいに一緒に眠って。)
手紙に涙がこぼれる。
・・もう帰る場所がない。 
あふれて落ちる涙が雨音の様に手紙を叩きカーラの文字を滲ませていった。


シエンがカーラの家に到着した時、カーラはすでに現場へ出ていて不在だった。マシーナは昼食も食べず、ずっと寝室に閉じこもっているようだ。ルークが心配そうにしている。
今日の朝早くにカーラから電話があった。
「マシーナに合わせる顔が無く、ここで保護するのは無理だと。どうか保護課で引取って欲しい」と懇願され、
二人と話し合い説得するために来たのだが・・

もともとアベル3の作戦にカーラは含まれていないが、シエンは彼女にも作戦に参加してもらえる可能性を探っていた。
だが、偶然にも彼女に銃撃や娘の死まで知られてしまった。カーラのショックが大きすぎる。
いまから連携をとるのは絶望的に思えたが、テオは「二人と話し合ってくれ」という指示をよこしただけだった。

シエンは寝室のドアをノックし明るい声をだしてみた。「やあマシーナ。いい知らせだ。今日ヘラとテオが来てくれる。
ヘラも今日会えることも楽しみにしてる。」
「ホントに?」マシーナの小さな声が聞こえる 。
「ああ。今日来るよ。」
「そうやって出てきたら、私を保護課に連れて行くんでしょ。カーラの手紙に書いてあった。」
(カーラの手紙で伝えられていたのか・・相当ショックだろう。)
「いや、ここに居れるようにカーラとも話してみる。あと高架下の新しい店のドーナッツを買ってきた。 お腹減ってるだろ。」
 少ししてマシーナがゆっくり出てきた。可哀相に目が真赤で腫れぼったい。

「ドーナッツは?嘘だったら許さないから。」

「体はどう?カーラとは仲良くやれたかい。」
シエンは寝室に入り、マシーナにこれまでの事を聞いた。
マシーナはドーナッツを食べながら、ビルが襲撃された時の事を話し始めた。
カーラとは路地裏で出会い、誘導してくれたおかげで爆発に巻き込まれなかったこと、自分がビルに取り残された時ヘラに出会った事、カーラが5階まで探しに来てくれたこと。そして一緒にドローンと戦って自分が何台も撃ち落としたこと。
マシーナは優しくて強いカーラが大好きになったということだ。

そして話し終わると、ヘラともカーラとも一緒に居たいと泣いた。

◆テオとヘラのとの再会
夕方にテオとヘラがカーラの家に来た。これはシエンが、ヘラとマシーナ、カーラの3人がいなければアベル作戦の成功が難しいと判断し、テオを説得しカーラの家を本部として集合させたのだ。
(賭けだがここでお互いが信頼関係をつくらなければならない。)
マシーナは車いすのヘラにずっと甘えた様子で。あの夜の冒険をまた一からヘラに聞かせている。 そしてヘラもドローンやカーラが怖かったとか、マシーナが勇敢に戦っていて驚いたと褒めていた。目が覚めてから再会まで5年もかかった二人は、その空白を埋めるようにビルでの夜の事を語りあっている。
ルークは何度かテオやコウの仕事のやり取りしていたようで、すぐにテオと話し合いをはじめ、ヘラも間もなくアベル3作戦が始まることをマシーナに説明してくれている。 コウはカーラの家と、もうひとつ近くに借りた家に重たそうな機材を運んでいた。

夕暮れから夜にかわり劇場の方から花火の音が聞こえる。マシーナは寝室の窓から一人花火を見ていた。
(あそこにカーラがいる。) 
ドローンを追い払えば普通に暮らせるのだろうか。強いカーラがいれば安心だ。
きちんと話ができないで別れたことが悲しい。
朝起きた時、そばにカーラがいてほしい。

しばらく考え込んでいたが、決心したようにカーラは大きなカバンを取り出した。



◆大劇場のカーラ(祭典3日目)

大劇場は閑散として大量の紙くずや装飾品が散らばっている。人間の祭典は3日目を終えた。明日を乗り切れば、休日を挟んで再びアンドロイドの祭典と合同のフィナーレが行われるが、カーラが担当する日程は無事とはいえないが終了した。
大劇場のステージ脇から仲間が署に戻っていく中、カーラは一人残っていた。
シエンからの連絡でマシーナや仲間が家に集まっているらしい。だがケイトの死を受け入れられず、取り乱したままマシーナに突き放したような手紙を置いてきてしまった事を後悔していた。
マシーナを自由にするためにもカインを倒す作戦に参加して欲しいと頼まれたが、マシーナに合わせる顔が無い。

5年前の事件を思い出だそうとしていた。 追突され死を覚悟した時「娘は生きていると」声をかけられた。
その記憶はわずかに残っている。そしてケイトのIDを取り出す。血痕もすっかり薄れてしまったが、「また会える」の文字が見える。シエンはわざわざこれを書いて手に持たせて去っていった。
そして何年も後にマシーナが現れた。きっと偶然ではなく、シエンが長い時間をかけて導いてくれたのだろう。
遠くから見守り憎たらしい保護職員を演じたりしながら私とマシーナと再会させた。おそらく彼も長い年月、罪の意識を・・
カーラ!
後ろから呼ばれた気がする。懐かしい幼い声だ。幼いケイトが自分に駆け寄ってくる感覚がよみがえる。
「カーラ!」また聞こえて後ろを振り返ると、会場の端の車道からマシーナが走ってくる。
「マシーナ?!」ロボットと対決した時と同じピンクのドレス姿だ。
 彼女は素早いし、くじけない。なんと強い若者なのだと思う。
自分を呼んで走ってきてくれるのが嬉しかった。彼女を見て笑顔になっている自分がいる。
近くに来たマシーナに遠慮がちに声をかけた
「マシーナ。大丈夫なの?」
「カーラよりはね。」
確かにそうみえるだろう。と思った。
「カーラがビルで助けてくれた日はね。あの夜、私がメインをやる予定だったんだよ。」
「へえ。メインステージなんて凄いじゃない。その準備だったのね」
するとマシーナは、一歩下がってその場でカツカツと足音ならしながら踊り始めた。あの路地裏で見た時と同じく、
一瞬で集中するすがたが美しく凛々しい。 音楽もないまま踊り続けている。ダンスの事は何も知らないが、今は、
眼差しや動きの全てが彼女の流浪の歴史であり、未来が懸った渾身の表現なのだと分かる。  
カン!
大きな足音が響くと最後のポーズを決める。その迫力に心が震え鳥肌が立った。そしてマシーナは泣くのをこらえるように、大声で伝えた。
「カーラ!おねがい。私は働ける。病気も治療するから・・あの家に居させて欲しい!家が無いと とかじゃ・・いや」
鼻をすすって、詰まった声を振り絞る「カーラが大好きになったの! 一緒にいたい・・なんでも手伝うし・
言い終わる前にカーラが強くマシーナを抱き寄せた。そして膝から崩れ落ち、マシーナに顔をうずめるようにして泣いている。
マシーナが言葉を振り絞る「おねがい します・・。」
顔をうずめたカーラから震えた声がする「わた・・私もマシーナが好きよ。あなたのファンになったわ。・・だから、
うちに来て頂戴。」 身動きできないマシーナも泣いている。あまりの力の強さにわらってしまう「フフ苦し・・」

マシーナの胸から鼓動が聞こえた。ケイトの心臓が動いている。
マシーナはずっと命を守り、ケイトはマシーナの中で生きて会いに来てくれた。
カーラは小さくつぶやいた「ありがとうケイト。また会えてよかった。」
そして命はマシーナに引き継がれた。
「ありがとう。マシーナ。」


その後、マシーナの引取り先はカーラの家になり、シエンの推薦により正式にアベル3作戦への参加が決定した。





 5章 アベル3計画