小説 サイバーパンク3001 -路地裏のダンサー

2章 復讐の炎(2996)



2幕 復讐の炎


◆「ナンバーズ」 (2996)

 ヘラに「03」から連絡が入ったのはアベルの開発が終わった1年ほど経ってからだった。
《ナンバーズ達はまだアベルの消滅を疑っている》との事だった。事実アベルは消滅していない。ヘラ自身の記憶の中、 そして右目にその出力となる装置を隠しているが、それは「03」も知らない事実だ。
メッセージは《ヘラとアベルを手に入れるために、あなたの息子の誘拐計画が実行される》と伝えて終わっていた。
ヘラはメッセージを消去した後しばらく、心を落ち着かせようと研究室の中をウロウロと歩き回ったが、すぐに呼吸が苦しくなりデスクの引き出しから薬をとりだして冷めたコーヒーで流し込んだ。
(ずっと準備はしていた・・・。が、)
ヘラは不安なから、さらに薬を含んだが、カップは空になっていた。

(連中は、交換も交渉もするつもりはないだろう。アベルを手に入れた瞬間、私たちは二人とも殺される。)
ヘラは以前からQ層を出て下のR層への移住を計画していた。脱出には危険を伴うがここにいても殺されると判断し、この事態に備え幾重も準備を終えている。デスクに戻り椅子に正しく座りなおすと、仕切り直す様にモニターを直視した。
(大丈夫・・。私たちにはテオがいる。)
それはヘラの一族に仕えるアンドロイド「テオ」の提案によって始まった。

−2か月前−

「つまり、あなたがた家族は全員死亡したことにして、R層で保護を受けていただきます。
 それが最も生存できる確率が高い。」
狭い会議室の中で、テオが円い卓の中央にあかるい部分に手をかざすと、ドーム状の都市の断面図が空中に浮かび上がった。都市は頂上であるAから始まり、O P Q R・・・と、アルファベットで名が割り振られ、下に向って縦に連なっていく。そして全ての都市が中央を貫くタワーで接続されていた。

「重要なのはR層はまだQ層のAIから浸食をうけていない事です。」
R層のドームが拡大されると、今度は1から8までの数字が並んだ。
各層の重要な分野にナンバーを振ってそれぞれが独立した機関により管理されている様子が表示される

「現在のR層のナンバーズは、人間7割、AIが3割で管理しています。とても人間寄りのバランスですが、もしQ層のAIに
侵入されたら、すぐに逆転するでしょう。実際このQ層はすでにAIが6割…。人間を支配しつつあります。」

ナンバーズはお互いの正体を秘密にしているが、テオは知識と能力の高さから多くのナンバーズと繋がるフィクサーでもある。

「R層はAI支配を望んでいない。伝統ある人間の街なのです。『アベル』はワクチンの様に機能してQ層からのAIの侵入を防ぐでしょう。実際、R層はアベルの提供を条件として、我々の保護を約束してくれました。」

テオの提案は大変理にかなったものだった。R層には祖母が育った一族が街の一角を仕切っており、テオの部下が接触して
移住の際の協力も取り付けてある。
ただ、ヘラは立場上この計画が非常に難しいとも感じていた。
「もしQ層から脱出できたとしても、無事でいられるとは思えないけど。追手が来るかもしれない。」
「そうです。この計画でもっとも大事なのはあなたの死体を発見させることです。」テオは続けた。
脱出の途中で、本人と全く見分けのつかない「スワップクオリティ」のアンドロイドと入れ替わってもらいます。
そして事故を起こさせ死体を処理します。私たちは既に死んでいてアンドロイドと入れ替わっていたとナンバーズに思わせるのです。この計画に最適な場所があります。」
タワーの図面が表示され、テオはタワーの横にもう一つ存在する縦の空間。ダストシュートを指した。


「お二人にも手術が必要になりますが時間が無い。数日以内に決断を。」
ヘラは手術には完全に同意できず腕を組み、口を隠すようにして黙っている。
テオはヘラの気持ちを察することはできるが、どんな手段でも、二人の命とアベルの保護を最優先するべきだと考えている。
「マシーナにも私から話をします。彼・・いや彼女も望んでいる事です。高確率で理解してくれます。」テオが彼なりに気を使った言葉はヘラには残酷な響きにとなって胸に刺さった。


◆スワップ義体とマシーナ

テオがアンドロイド医療のナンバーズ《08》に協力を要請し極秘裏にヘラとマシーナのスワップクオリティの義体が制作された。そしてテオが提案する重要な手術が行われる。
それはアベルの能力を分けて保有する事。
ヘラの右目にベースプログラムを、マシーナの左目には強化プログラムと分けて保管するのだ。つまり一人だけでは性能が不十分にする事で、もし一人が捕まったとしても人質としての安全を確保できる。一人を殺してしまえば完全なアベルの機能は手に入らない。最大の保険だ。

「ビームも出せるの?」
マシーナはテオの提案をすぐに受け入れた。若いマシーナには母のプログラムを目に宿すなど夢物語のような話だった。
そしてR層にたどり着いたら当分は一緒には暮らせない事を伝えた。そしてもう一つ、マシーナが受け入れ先で暮らすために、重大な決断をしなければならないが、それはR層にたどり着いてからの話だ。

全ての準備が緊急で進められた。R層でヘラがアベル開発をするための研究所と資金援助も取り付けた。R層にはそのまま旧式のアベルは使えず。R層の要求に対応した新たなアベルを開発しなければならない。
その間、マシーナは当分の隠れ家としてヘラの祖母が育った劇場で預かる事となった。
劇場はヘラの祖母がトップダンサーとして活躍していた頃、懇意にしていた「マンマ」が仕切っている。
隠れ家としては最適な場所だ。

◆脱出前夜
ヘラの家にはまだ家具が残り普段と変わらないように見えるが、データ全て破棄され脱出の準備は整っていた。
脱出経路に使うダストシュートや、下のR層には既に仲間が待機しており、ヘラ達を受け入れる体制が整っている。
決行は明日。「大劇場の祭典」に招待された様々な層のゲストたちの通行が許可されタワーは混雑し人ごみに紛れて脱出するのにはもっとも適した日だ。
寝室ではヘラとマシーナが手をつなぎ寝息を立てていた。テオはその二人をすこし眺めた後、別の部屋に移動し、遅くまで仲間と連絡を取り計画を確認しあっていた。
ふと窓を眺める。その先に明日の作戦の場所であるタワーが青白く浮かんでいた。
(大きな問題はない。ヘラとマシーナはR層で安全に生活を始めることができる。私も見守ろう。) 
テオはR層での生活を想像していた。そもそも未来に興味が無い自分が、これから迎える未来に興味を抱いている。
懐かしい感覚。以前にも感じたことがあったような気がした。


◆決行日 ダストシュートの手前 

猛スピードでダストシュートにテオの運転する車が向かってくる。
コウは双眼鏡を覗きながら車の異変を伝えると、待機していた仲間たちが集まってくる

車はダストシュートの脇にある階段の入口手前で停止し、片腕を失ったテオが、ドアを開けることなく降りてきた。
「ヘラとマシーナが光弾の破片を受けた。すぐにマンマの病院へ行く!みんなで運んでくれ。」
顔半分が焼けて、体中から出血し気を失っているヘラとマシーナがすぐに担架に乗せられた。
「二人はロープで降下させる!テオは階段で降りてくれ。」マンマの仲間はヘラ達を担架に固定しつつ、下で待機している仲間へ連絡を取った。
テオが部下に声をかけた。「シエン! 頼む、 あまり時間がない。」
一人の二十歳くらいの黒髪を自然分けたような精悍な顔つきの若者が、やや緊張しながら
うなずく「コウ。すぐに始めよう。」 
コウと呼ばれた女は、ボリュームのあるショートでウェーブがかった銀髪に、隠れるような小さい顔、と鋭い目つきで
小柄な肉食動物のような雰囲気だが、手には巨大なモップのような機械を軽々と持ってギャップを感じさせる

二人はテオを見つめ、次に担架に乗せられたヘラとマシーナを少しの間、観察した。

そしてコウは、振り返って近くに立っていた、「もう一人のテオ」の肩に巨大なモップを素早く振り下ろした。鈍い音がして偽テオの腕が外れ白い血が流れる。少し痙攣した後そのテオは一人で車に乗り込んだ。
「その腕は後で使いたい。貴重なパーツなんだ!」閉まっていく階段の壁から本物のテオの声が聞こえた。
偽物のマシーナとヘラもゆっくりと歩いてきて、車に乗り込む。外見は本物とほとんど見分けは付かないが偽物の三体は簡単な命令だけを入れて作られており、表情も感情もエゴもない。
シエンは銃を取り出し、座っているヘラの顔とマシーナの腕に一発ずつ光弾を撃ち込んだ。 
小さな爆発と共に赤い血しぶきが飛んでシエンは驚いたように少し後ずさりした。二人は崩れ落ち大量に出血したまま動かなくなった。

「威力が強いし方向も悪い。あと爆発させるな。」コウがあきれた声をだす。
「どうせ下の連中にはわからないさ。」シエンは言い訳をしている。
「じゃあ、さっさと車を廃棄して。音を聞かれたかも。ここも掃除しないと。」コウは巨大なモップをグルと持ち変えて、あたりに落ちた血痕を消し始めた。

偽テオは床に崩れ落ちた二人を見た後、無表情のままアクセルを踏みこみ車ごと暗いダストシュートへと消えていった。


◆R層ダストシュート出口
R層で待機していた救急車にヘラとマシーナが載せられ、テオも長い階段を駆け降りてきて、一緒に乗り込むとすぐにマンマの病院へ向かい出発した。
車の中では、テオと仲間のドクターによって治療が始まっていた。ヘラは右肩が大きく欠損しおびただしい出血。顔は散らばった光弾の欠片がめりこみ下半身にも無数に穴が開いてしまった。素早く止血しながら搬送先への指示を行う。
マシーナは火傷と左腕の損傷。内臓を痛めたようで口から血が出ている。大きな傷は見当たらないがすぐに精密検査が必要だ。
ヘラの右目のカインは無事だった。彼女は瞬間的に両手で右目を守ったのだ。そのかわり右腕は骨が見える程に溶けていた。アンドロイド用のパーツで代用できる場合もあるがR層では調達が難しい。
テオはすぐに「08」宛にメッセージを記録した。《08。想定と違う事態になりました。ヘラが警官の銃撃をうけて重体です。 二人とも眼のアベルは無事。マシーナは左腕を大きく損傷し、これから緊急手術をします。大至急、移植用の人間の献体を用意していただきたい。可能なら二人分。必要なデータは病院での検査の後に送ります。》

救急車はサイレンを鳴らすことなく暗い一本道を限界の速度で走り抜けていった。

◆マンマの病院
テオの卓越した技術により手術は成功し二人は一命をとりとめたが、意識は戻らず生命維持カプセルに入れられている。
テオのメッセージはエアシューターを使ってQ層に送られ、夜になって「08」から返事が届いた。
《適した献体を調達するのには1週間ほどかかる予定。最悪の場合はヘラの生存を優先しマシーナを献体とする。その際アベルも回収する。これを提案する。》という内容であった。
テオは決断を迫られていた。
(R層との取引の為にも、ヘラとカインは絶対必要だが。そのためにマシーナの臓器を移植してヘラを助けたとしても、  彼女は私を恨み、カインの能力も破棄するだろう。マシーナの生存も絶対条件だ。08の私情を挟めばこの計画は破綻する)
カプセルの中で眠る、ヘラの焼けてしまった顔を見るたび、テオの思考に未知のノイズがはしった。テオにとって08は絶対的な存在だが、その提案は受け入れられるものではない。
テオに生まれたのは、二人とも生存させるという強い意志だった。
(計画は狂ったが、予期せず警官が銃撃したことで我々が死亡した信ぴょう性は高まったはずだ。目撃者もいる。ここで二人を助けることが出来れば完全に監視の目から逃れられる。)

テオは決断をした。
(1週間など待てない。数日以内に献体を調達する必要がある。・・そうだ、この事態を招いた人物に責任を取ってもらおう。

部屋から出てきたテオの顔を見てドクターの背中に寒気が走った。(なぜ笑っている?)。
テオは湧き上がる高揚を抑えられず病院内を歩きつづけ計画を練った。そして眩暈がするほどのノイズがはしりつづける。
(ほんのわずかだったノイズがこんなにも大きく。もう消えない。確実に未知の信号が灯された・・。なんという瞬間だろう。この信号・・感情というものか。美しくそして恐ろしい。地獄の炎のように・私にもついに現れた。)
「ユーレカ」思わずつぶやいた。古代の言葉・・ユーレカ ・・これが愛情か・・いや殺したいほどの怒り・・。 


《その後は計画通りダストシュートでアンドロイドの3体が発見。所属不明のアンドロイドの暴走による事故死で捜査は打ち切られた。》


◆早朝の交差点


Q地区は久しぶりの晴天となり、通り過ぎていくビルの窓が輝いている。朝の気持ちのよい陽ざしを受けながら、閑静な通りを一台の車が走っていく。
「あと10分くらいだ。」運転している男の声を、目を閉じたまま聞いていた。
カーラは後部座席で心地よい日差しと、隣で寝ている娘のケイトの温もりを感じていた。このまま寝ていたい。
日々のアンドロイドとの闘いと先日の検問突破での問題が大きくなり、追い詰められていたカーラを保護するため、上司から長期休暇命令を出され、今日は久しぶりに娘と出かけられる。この瞬間がありがたかった。

目を開け伸びをする「天気が良くてよかった」そう話した瞬間、眩しい日差しが消えた。タワーの影に入ったのだ。
空と呼ばれる広大なドームの天井には日光を再現するため、巨大な照明が太陽の軌道を描くように位置を変え、街を照らし時間を表現している。夕暮れも朝日も夜もタワーの意思で管理され人間の活動のサイクルを守っている。

フレッドは運転席のモニターで後方の車を確認した。日陰に入ったおかげで運転手の顔が確認できたが、見覚えのない無い男だ。家を出発してからずっと付いてきている。追跡ならば素人すぎる。
あえて余計なルートへ入ってみた。カーラは大きなカーブのGにまぎれて軽くケイトに体をあずけた。
「重い。」寝ていたケイトが一言。
「フフ」思わずお互い笑いがでた。「ひどいよ。ママがつぶそうとしてくる」負けじと、ケイトも体を預けてくる
バックミラーを越しにはしゃぐ二人の姿をみて、普段は鋭いまなざしで強面のフレッドも小さく微笑んだ。
フレッドとカーラとは結婚はしていない。普段は口を利くこともないが、ケイトの父親として、娘にしてやれるのは年に一回ドライブへ連れていく程度だった。それが今の彼に許された時間だった。
フレッドが再び後方を確認するとやはり、その車も方向を変えて、付いてきている。
(追跡されているな・・。)
「ルートを間違えた、戻るよ。」フレッドはケイトを心配させないようにしながら、追跡をまくため、ルートを変更していく。「迷ったの?珍しいわね。」カーラは姿勢を戻して周囲をみて位置を確認した。
車は路地をショートカットするように通り抜け、元の大きな道路へと戻った。
ケイトは少し酔ったのか、大きなあくびをしてカーラに寄り掛かる。
「ちょっとタワーに寄ろう。」フレッドは交差点の手前で停止し、バックモニターを見た。 追跡車は居なくなったが、遠くに一台の車が見える。フレッドはこの車も追跡車なのか判断に迷い、いつでも発進できるように左右の道路を確認していた。カーラもフレッドの様子に気が付き、外を見るようにしながら後方を見る。交差点はまだ停止信号だったがゆっくりと車を進めた。
その時、タイヤの軋む音と共に、先ほどの通ってきた路地から追跡車が道路に飛び出してきて一度止まった後、獲物を見つけた獣の様に車の向きを変えてスピードを上げて迫ってくる。
「来てる!」カーラはケイトを抱きしめフレッドに呼びかけた。
レースのシグナルの様に交差点の停止信号が解除され、車を発進させたが、その直後、左側の歩道に駐車していた大きなワゴンが突然動き出し、交差点内に進入してきた。発進した直後の急ブレーキでケイトは前にのめり、悲鳴を上げた。
ワゴンは通りすぎずに車の行く手を塞ぐように停止している。
(挟まれた!?)カーラはカバンに手を入れて銃を確かめた。前方のワゴンの運転手が窓を開けてこちらになにか怒鳴っている。(偶然か?いやあまりにも強引だったが・・。)フレッドもジャケットの下から銃を出し、助手席に置いてバックモニターを確認すると、そこに映ったのは、まったく減速せずに車が迫る瞬間だった。
(なぜ減速しない。ワゴンも巻き込まれるぞ。)フレッドは追跡車が減速すると思い込んだことを悔やんだ。
すぐにアクセルを踏み抜きハンドルを切ったと同時に、追跡車が勢いそのままにカーラの車に突っ込んだ。
衝撃で車体は前に弾かれ、回転しながら金属片を巻き散ちらしてワゴンの側面に激突した。大きなワゴンは後方が一瞬浮いて大きく傾くほど押され、車体の向きが変わっていた。
カーラの車は後方が大破し両方のドアが開き、追突した車は交差点の中央まで転がり、逆さまになって煙を昇らせながらタイヤが空回りし続けている。


しばらくの静寂の後、ワゴンの運転席がゆっくりと開いて、コウが銃を構えて降りてきた。


サイレンを響かせながら救急者が到着した。
追突事故と思われる大破した2台の車のガラスが散乱し 車体から大量の血を流して人が倒れているのが見える。
「何があった・・。」降りてきた隊員はこの凄惨な状況を見ておもわず声を漏らした。
歩道で倒れていた女性一名が搬送され車内で死亡していた男性1名は鑑識用に現場に残された。
車両の下ですりつぶれされた一体は身元不明のまま廃棄となった。


― 事故より40分ほど前 −


◆カーラの自宅前

カーラが自宅から出てくるのを待ちながらも、シエンは依然として乗り気ではなかった。下調べもなく強硬突破の無謀な計画である。(いつもの事ではあるが)
テオには悪いが、アンドロイドは人間のように慎重に裁判によって裁かれないのは事実だ。ヘラやマシーナがいるのに撃った事への怒りはあるが、その復讐で殺害まではしたくない。
そこが甘いとコウに指摘された時は、やはり人とアンドロイドには壁があることを感じた

(まだか・・)既にカーラの出勤予定の時間は過ぎている。不安になった時、玄関のドアが開いた。
だが玄関から出てきたのは50代くらいに見える男性で、その後をついて行くように娘がでてきて一緒に車に乗り込んだ。
娘はマシーナと同じくらいのか少し上にみえる。男はカーラの亭主だろうか。(同居しているとは聞いていないが。)
シエンは無線を取り出した。《テオ。カーラの娘と夫と思われる男が車に乗り込んでいます。カーラはまだきてない。》
少しの間がありテオから返事が来る。
《了解。そのまま様子を見てくれ。今日は休暇を取っていないはずだが。もしカーラが留守にするならBプラン。
一緒に出掛けるならCプランに変更する。》
「了解。テオ・・Bプランがどんな作戦か後で教えてください。」
もちろんそんな予備プランなどない。BもCも臨機応変ということだ。

《テオまじめにやって。家族まで拉致する予定はないし、シエン一人でカーラを捕まえられる?》
コウから無線で怒られた。「やれるさ。駄目だったら後を頼むよ。」
そして玄関からカーラが急ぎ足で出てきた。「カーラが出てきた。家族で出かけるようだ。これはプランCだっけ?」
テオが全く想定していなかったパターンであった。

シエンは荷物や服装を確認した。「カジュアルな服装だ。大きなカバンとバスケットがある。ピクニックなら噴水公園かもしれない。予定の交差点を通るはずだ。荷物が多い」
『検問所事件のの報道のせいで、どこか雲隠れするのかもしれないな』テオが推測した
先日の事件でアンドロイドの自治組織からは警察と銃撃した警官への非難声明がだされ。カーラは身の安全のため名前を伏せられたが、マスコミや周辺の目撃者による特定が進んでいた。
『雲隠れなら都合が良いじゃないか。 路上より宿泊先のほうがやりやすい。』コウは軽い口調で恐ろしい事を口走る。
シエンは無視して報告を続けた。
「男が運転するようだ。周囲を警戒している。カーラと同じ警官かもしれない。娘は・・外を見ながら早速、なにか食べてる。」

カーラを乗せた車が動き出だした。
「シエン。相手は本職だ。いつもよりも距離を取って追跡してくれ。サポート・。」
「了解。」シエンは、タイミングよく、通り過ぎる車が来たため、間にいれてカーラの追跡を開始した。
車は住宅街を出ると、予想通り公園へ向かう道路を走り始めた。



◆追跡者エミリオ 

アンドロイドは稀に深い思考を繰り返すうちに、自分の存在を見いだし人間の道具という意識から解放される個体が出現する。
それはエゴレベルと呼ばれ、人間の命令が絶対ではなくなる。その故に道具としてみてくる人間と衝突するようになり抱いた殺意が変換され自殺してしまう。最近アンドロイドの自殺が増えたのは、このエゴの発現率が上がっている事を示している。エミリオも、先日まで自殺衝動による自傷を繰り返していた。彼もエゴレベルに達したがゆえの苦しみを抱えて
傷だらけの体、髪は伸び、髑髏のアクサリーが歪んでいく彼の思想を匂わせている。
エゴが無い方が幸せではないか
エゴが生まれ最初に気が付く事。
人間とアンドロイドの良好にみえる関係は、人間に従うアンドロイドのみが生かされているだけという現実だ。
それに気が付いて、使命を果たそうとした仲間たちはみな死んでしまった。
先日の警官がアンドロイドを撃った事件。エミリオはそのニュース映像を見ていた。(彼らはエゴレベルだったに違いない。そして撃ってきた警官に殺意をいだいたが為に自殺させられたのだ。)
正当防衛も許されない人間の支配に激しい殺意をおぼえ、自殺衝動に怯えたが、不思議な事に彼の殺意は消えなかった。
それどころか確実にあの警官へ復讐する計画は進みこれから実行される。
(これが本来のあるべき自由意志なのだ。)
検問での事件で撮影された映像が次々とネットワークにあげられ、アンドロイドの怒りが拡散している。
エミリオは朝日を浴びながらドライブレコーダーの配信を開始した。『アンドロイドの諸君。復讐の朝だ。我々は人間を裁く権利を与えられた。いまから私が証明してみせる。皆が証人となる。》
エミリオはカーラの車が動き出すのを確認し車を発進させた。


◆追跡

シエンは慎重に追跡をしていたが、何度もルートを変えるカーラの車と、それについて行く前の車に違和感を覚えていた。
「コウ。前の車がずっとカーラの車についている。護衛かもしれない。別ルートでそっちに向う。交差点で合流しよう」
『リョウカ・』無線が途切れた。「コウ!追跡をやめ交差点で合流する。聞こえるか」
「・・・・」 
伝わったかわからないまま。テオからの無線が入ってくる
『シエン。聞こえるか!』
「テオ聞こえた!俺の前の車はカーラの護衛かもしれない。」
『シエン。その車から前方にジャミングが出ているようだ。おそらく護衛じゃないぞ。』
「なんだって?あの車はなんだ。」
『わからんが、計画は中止だ。すぐにコウに持ち場を離れさせよう。』
「了解。献体はあきらめるのか。」
「シエン後で説明するが、カーラは巻き添えだった。新しい映像と情報が入った。おそらく識別センサーが原因だ。」
「クソ!いまさらか。」シエンは交差点へ先回りをするため、一本横の道に入りスピードを上げたが、同時にカーラの車も後ろの追跡から逃れるように速度をあげ、まっすぐ交差点へと向かっていた。


◆交差点

コウは交差点の歩道に止めたワゴンを降りて、車道から遠くに見えてくる車を確認した。
カーラが乗っている車が襲撃予定のこの交差点へ向かって来ている。予定ではここを曲がり公園へ向かうはずだが。
無線を取り出した。「テオ。カーラの車の動きがおかしい。シエンの追跡がバレてるみたいだ。」
『作戦・・・中・・・・・・』無線のつながりが悪い。
「テオ!作戦を続けるのか?」
無線が完全に遮断されている。作戦がバレているなら、ここから退避しなければならないが。
シエンがこちらに合流するという無線は聞こえた。
コウは再び双眼鏡で確認した。カーラの車はかなり速い速度で向かってくるが、シエンの車は尾行といえない程遠い。
「なにをやってる。」コウはワゴンに乗り込み、シエンの遅さに腹を立てた。(状況がわかならい。逃げられるぞ。)
しかし予想に反して、カーラの車は交差点の信号に従って減速し止まった。

(そうだ子供が乗っている。無理はできない・・・。なら直進してタワーへ行くかもしれない)

もうすぐ停止信号が解除される。コウは歩道での待機をやめ、時間を稼ぐために交差点内にまでワゴンを進めた。
発進したカーラの車は歩道からのワゴンの進入に反応し、ブレーキ音を響かせ急停止した。
「おい。ちゃんと信号見てんのかよ!」完全にこちらが信号無視だが、コウは運転席から車にむかって怒鳴った。
怒って車から出てくるなら都合が良い。追跡とは無関係のふりをしながらシエンが来るまで時間を稼ぐ。
コウは銃を忍ばせた。(車が逃げようとすれば銃で制止する。あとはシエンがカーラを連れていくだけだ。)
その時、カーラの車の後から、別の一台が猛スピードで向かってくるのがみえた。シエンではない。(仲間か?)
だがその車は全く減速をせず、そのままカーラの車に突っ込んだ。


はげしい衝撃と共にワゴンは大きく傾き、鉄の破片が飛び散る音が聞こえた。
幸運にも運転席には直撃しなかったが助手席の足元まで転がったコウは自分が無傷であることを確認しながら銃を取り、ドアを開けて車を降りた。
バシュ! 聞いた事のある音がする。
コウは降りた瞬間に体に異変を感じた。腹に穴が開いている。目の前には倒れたカーラの夫が血まみれになりながら至近距離から銃をこちらに向けている。
バシュ!もう一度音が鳴り左足をかすめた。既に銃を構えられないほど出血で力が抜けているように見える。
コウは自分の生体機能が低下していくのが分かった。(ここで死ぬのか・・反撃したいが自分を撃ってしまう。だが、なんとしてでもこの男に一撃を食らわせたい。)
コウの記憶に何度も味わってきた屈辱と人間への怒り。今はそれを超えるほどの炎が燃え上がった。
倒れたままの動かなくなった男の頭に狙いを定める。今なら引き金を引けそうな気がした。
(まあいい。自殺に変えられようが・・こいつに殺されるよりはいい。)
コウは霞んでいく視界の中、確かに引き金を引き、その満足感で満たされた。



「コウ!どこだ。」
交差点の角でワゴンが大きく凹み、カーラの車は挟まれた衝撃で潰れて、あたりは鉄の塊とガラスの破片が散乱していた。
シエンは銃を構えて近寄る。少し離れているが潰れた車からはおびただしい量の血が流れているのがわかる。
交差点でひっくりかえっている車内に人影は見えない。 死角に注意しながらワゴンに近づくと横たわる人影が二つ見えてシエンの足が止まった。 つぶれた車からは上半身が出たまま頭のないカーラの夫の遺体。そしてワゴンにもたれかかり、下を向いていたまま動かないコウ。腹部から血が溢れ滲んでいる。
(まさか・・)シエンは青ざめ、慎重に近づきながらコウを呼ぶ「コウ! コウ!返事をしてくれ。」
うなだれたままのコウの銀髪の中の表情は見えないが、ゆっくりと親指をたてた
「コウ。誰にやられた。追跡者か?」指をさしかけそのまま動かなくなった
アンドロイドは不死身ではない。生まれた瞬間の初期値は同じでも、外部の情報や経験というカードが、タワーのように
繊細に積み上げられ、複雑なプロセスを経て独自の人格を形成する。脳が停止してしまうと、単純な記憶の情報は移植できても、人格のタワーは崩れて失われてしまう。

「テオ!聞こえるか。」
『大丈夫だ。状況を教えてくれ。』無線が戻っている。
「まずい状況だ。ジャミングの車がカーラの車に突っ込んだ。カーラの夫は死亡。コウも腹を撃たれた。」
『コウが。・・そうか。カーラはどうだ。無事か。』
シエンは一瞬耳を疑ったが。確かに最初の狙いは献体としてのカーラだった。今がチャンスではある。
しかしカーラは無実だったし、コウも死にかけている。作戦は中止になったはずだ。

「テオ。すぐに警察が来る。ワゴンもやられたしコウを運ぶにも助けが必要だ。」
『シエン。申し訳ないが今すぐ献体が必要だ。カーラは生きているのか。』

シエンは振り返り周囲を見渡すと少し離れた歩道に倒れているカーラと娘のケイトをみつけた。
(ここまで放り出されたのか・・。)
「二人がいた。動いていない。」
駆け寄り状態を確認する。
「ケイトは腹部に切創がある深くはなさそうだ、大きな損傷も無い様に見える。」
強くケイトの指を押した。「刺激に反応なし。呼吸も弱い。」
そしてすぐガードフェンスの間に倒れているカーラに駆け寄り、覗き込むようにして声を掛けた。

「カーラ!カーラ大丈夫ですか。」呼吸を確かめようと顔を近づけた時、カーラが一瞬のうちにシエンの襟首つかんで引き寄せ、銃をこめかみにあてた。(クソ!)シエンは自分の甘さを痛感した。
頭から血を流し意識が朦朧としているようだが、その状態でこちらが近づくのをまっていたのだ。
(反撃は無理だ。このままでは殺される。)

「カ、カーラ。娘はまだ生きています。すぐに処置が必要だ。俺を撃てば娘は助からない。そして俺は敵ではない。」
カーラは力が抜けたように銃を離した「娘を助けて・・。私は殺されてもいい。娘は無関係だからお願い 娘を。たすけ」
そのままカーラは気を失った。シエンはすぐにカーラの銃を取り上げた。手に力を感じなくなり本当に気絶している。
(意識が混濁している状態でも娘を守ろうとしたのか・・。)
『カーラの状態はどうだ。』
シエンは答えに詰まった。
「混濁していたが今は意識が無い。頭部から出血。複数の切創がみえる。ただフェンスの隙間に落ちてしまって動かせない。」
『そうか・・・』テオの返事には少し間が開いた。

『ではケイトを回収する。』
「どういうことだ。中止になったのでは?」思わず強い口調でテオに聞き返した。
『事態は変わっていくものだ。予定通りドクターを向かわせている。ケイトは無関係だが危険な状態だ。
こちらですぐ救命処置をする。それで駄目なら献体にする。これが最善だ。』

『シエン。もし君が嫌ならそのまま撤収しよう。処置はできない。』
テオの畳みかけるような言葉に流されず、シエンは他の最善を考えようとしたが、最初から最悪の計画である事を思い出した。

「・・分かった。すぐにコウも診てくれ。かならず頼む。」

間もなくして搬送車が到着した。ドクターと運転手がストレッチャーを下ろしていると、シエンがケイトを抱きかかえてきた。
「おい。勝手に動かすな。」ドクターが怒って駆け寄る。
「今、ケイトの呼吸が止まった・・。」シエンは少なからず動揺した様子だ。
「すぐに車に載せろ。蘇生する。お前はこれでアンドロイドを運んでくれ。」

運転手と重量のあるコウをストレッチャーに乗せる。コウは意識を失っているが自動で生命維持モードになっており、 出血は最小限にされている。 
「こいつ、ずいぶん高級仕様じゃないか。」どこの雇われなのか、下品な運転手は気安くコウの額をさわり値踏みしている。 シエンは苛立ったが、コウは何度も悲しい言葉をぶつけられ耐えてきたのを知っている。
(今の最善を尽くそう。)シエンそっと運転手に金を渡した。
「特別仕様なんだ。急いでもうらが、安全に頼むよ。」

搬送車の中では様々な器具を付けられたケイトが横たわり、その脇にコウが置かれ搬送車はテオの元へ去っていった。

見送る間もなくシエンも車へ戻り路地へ移動させた。そして、すぐにワゴンも移動しなければならない。
救急車のサイレンが遠くから聞こえてきたため、シエンはワゴンのある交差点へと駆けだした。
通り過ぎる歩道で倒れているカーラが見える。置き去りにするのは心苦しいが、まもなく救急車が彼女を運ぶだろう。
(娘は無関係だから・・娘をたすけて )突如カーラの言葉が蘇り、伏せていた心を貫かれ、シエンは硬直した。

「ケイトは・・。」言葉がもれる。 抱えた両腕の感覚。(ケイトは息を吸い込んで・・力が抜けた) 

いま自分が立っている場所はケイトが倒れていた場所だ。(そうだ。たしかここに・・)
足元を探すと。ケイトの血が付いた認証IDが落ちていた。 
サイレンが近づいていることに焦りながらも、カーラに駆けよった。フェンスには挟まれておらず、シエンは膝をついて
カーラの手をとりIDを持たせた。カーラはほんの少しカードを握り返した。

ドアが勢いよく閉まりアクセルが踏まれる。凹んだワゴンはガタガタとダストシュートへと向かって行き、後方では救急車が入れ替わるように事故の現場へ到着した。


◆Q層タワー内の病室

薄暗い天井がぼんやり見える。
何も無い。胸に大きく穴があいたような喪失感だけがある。時々生々しく思い出すあの追突の瞬間の感触。
家族を巻き込み助けることが出来なかった・・・。どこで狂ったのか。「ケイト・・ううあああ」涙が止まらず嗚咽が漏れ
体中に痛みが走る。
娘が無事保護されていて欲しい。
どこかで生きていて欲しい。もし死んでしまったとしたら苦しまずに死んだろうか・・。
生き残り、手当てを受け寝ている事すら罪深い・・。死んでしまえば会えるかもしれない。
ブツブツと声が漏れる
「生きていますように。生きていますように。苦しまずに死んでいますように。これが夢でありますように。見つかりますように。また会えますように。生きていますように。」パニックの症状が増していく。
「ううあああああ!」
カーラの叫び声を来た看護師が暴れるカーラを押さえつけ、すぐに鎮静剤を打つ。いつまでこの夜を繰り返せばいいのだ。
目が覚めても現実があるだけ。
カーラは泣きながら再び眠りについた。


◆エマ
カーラは待合室で日差しを浴びながらぼうっと外を眺めていた。ゆっくりとした足音で一人の女が近づいてきて、カーラに  ハグをして会話を初めた。5歳上の姉のエマはR層の住人でカーラに似ているが、髪が長く小柄で穏やかな表情は妹とは真逆の印象だ。今後のカーラのR層での勤務や住まいついての話を済ませ、同居予定の甥っ子の手紙や写真を渡した。
カーラは嬉しそうに手紙を眺めている。その後、一緒に病室に戻り姉は別れを告げた。
「それじゃ。カーラが来るのを楽しみにしてるから。」もう一度ハグをして帰っていった

カーラは入院当初より大分落ち着いたようにみえる。錯乱状態が酷く別人のようになっていたが、だんだんと警官としての性分がカーラを現実に引き戻したようだ。彼女は一人でいるより仕事の事を考えている方が性に合っている。
堅物のカーラが、あれほど泣き錯乱する姿を見てショックだったが、ロボットのようだった母とは違った。       感情をだし久しぶりに見せた笑顔に回復を感じて嬉しかった。 帰るエマの前を給仕ロボットが通り過ぎていった。
(何よりQ層は嫌いだ。人間性が薄い。はやりカーラもR層で暮らすべきなのだ。ルークも心強いだろう。)

カーラは遠ざかっていくエマの足音をきくと寂しい気持ちになり早く一緒に暮らしたい思いが募る。誰かに寄り添ってもらう心地よさを感じていた。 今日は貰った写真をみて思わず笑顔が出た自分に驚いた。これから一緒に暮らす甥っ子のルークの写真を眺める。
(少しケイトに似てる。)これを見ていると、きっとまた会える気がしてくる。ケイトの存在を感じる。
そしてカーラはサイドテーブルの引き出しを開けて、一枚のカードを取り出した。ケイトの認証IDだ。
あの時、確かに何者かが話しかけてきた。確証もないため調査用の証言でも伝えていない。
だが確かに、ケイトは生きていると言った。何より証拠がここにあるのだ。IDを裏返すと黒く汚れているが、そこには血痕で「また会える」と書かれているのだった。



交差点での事件はアンドロイドと人間の交通事故として扱われ、詳細も報道されなかった。
エミリオが車から中継していた映像は出発直後から通信が途絶え何も配信されなかったが、予告の日に起きた事故との関連が噂され警察による隠ぺい、エミリオの自作自演等の噂が流れたが、すぐに忘れ去られた。
2度も連続で逃走経路として使用されたダストシュートは、タワーによって厳密な管理下に置かれる事となった。



ヘラの意識が戻ったのは最初の手術から4日後の事だった。移植手術は成功したが、左肩以外の四肢を失い、頭部と胴体だけの体なった。その後は手足の無い違和感や痛み、時折襲ってくる呼吸困難や動けない恐怖でパニックとなり、死んでしまいたいと願うほどだったが、昼夜テオが献身的に支えてくれ、マシーナも無事で今はマンマの劇場で元気にしているという事と、お互いのアベルも無事だった事で生きる希望をつないだ。
そしてテオから、献体提供者は交通事故で亡くなった少女だという事を教えられた。

回復槽につかり神経の接続が促進され、少しずつ体の違和感が薄らいでいったが、顔だけは無数の穴に触れたあの感触が恐怖となり見る勇気が出なかった。移植手術を繰り返し、最後の包帯が外れた日に恐る恐る鏡を見た。
そこには半分自分の顔、そして提供者の顔と骨格が馴染み少し幼くなったような顔があった。表情は硬いが、かすかに表情を動かした時、自分の存在を実感し涙が流れた。

そこから憑りつかれたようにR層に対応する新たなアベルの開発を始めた。




3章 アンドロイド医療《08》の愛憎(3001)