小説 サイバーパンク3001 -路地裏のダンサー

プロローグ 《2996》

 《監視カメラ感知》  フロントガラスに警告の文字が浮かび上がった。
「もうすぐ着きますよ。下に降りたらすぐ休憩しましょう。」運転手は二人に伝えながら表示された警告を消した。
薄暗い空の下を黒く輝く高級車が走り抜けてゆく。正面には目的地のセンタータワーが見え、ここQ層の中央から、
天井を貫くように伸びている。。
「日差しが良くないわね。予定は晴れだったのに。」
助手席でサングラスをかけた長い髪の女が余裕なく溜息をついて、後を振り返った。「そろそろ静かにしてちょうだい。」
後部座席ではショートヘアの男の子が通り過ぎる車や監視のドローンを見つけるたび、おもちゃの銃を向けてバンバンと撃つマネをしていたが、運転手に銃を近づけ「手を上げろ。」とふざけると、銃を取り上げられておとなしくなった。
タワーの頂上が見えない程の距離まで近づくと急に車の流れが悪くなり前方に停止した車やパトカーが見えてきた。 
「・・検問ですね。時間を取られなければいいが。」
運転手は二人をちらっと見てうなずき、車の速度を落とした。

下層行きのエレベーターを備えた巨大なタワーの手前に、検問による長い車列ができている。
いくつかのゲートに振り分けるため、数人の警官が車を誘導しながら一台一台に声をかけているが、車に対して警官の数が
足りていないようで車の列はますます伸びていく。

忙しそうに誘導していた金髪の若い警官が黒い車に近づいて声をかけた。
「こんにちは。申し訳ないですが、先ほどこの地区には封鎖命令がでまして。今日は引き返してください。」
警官はすばやく車の中を確認した。体格のよい40歳くらいのスーツ姿の運転手と。助手席には長い黒髪でサングラスをかけた母親らしき女。後部座席には10歳くらいのボーイッシュな子供が座っている。全員、身なりが良い。
運転手の男が柔らかい笑顔をむけ、仕立ての良いスーツの内ポケットからリボンがついた招待状を出した。
「我々は来週の祭典のゲストで呼ばれているのですが。」
警官は招待状を手に取って中身を確認する。

「・・何かあったのですか。」運転手が警官に尋ねた
「ええ、先ほど逃走車がこのエリアに侵入しまして。他の層への移動を制限しています。でも祭典のゲストの方は認証の後にお通ししますよ。」警官は後部座席の子供を怯えさせないよう、簡単な説明にとどめて招待状を返した。
そして肩から下げていたプレート状の端末を両手で持つとカメラ部を車内に向けた。
「では、確認と認証をします。一人ずつ質問に答えてください。」
装置から小さな電子音が鳴り、警官は質問を始めた「ヒューマン?」

運転席の男は「アンドロイド」とこたえた。
助手席の女はサングラスを外し「ヒューマン」と答える。
そして後部座席の窓が開けられ、後ろの少年も緊張気味の顔で「ヒューマン」と答えた。

「ありがとう。ではアンドロイド認証を。」と警官が言うと
運転手の男は右手でゆっくりと前髪をかき上げた。見えてきたその額には、小さく四角い模様が入れ墨の様に彫られている。端末のカメラがその模様をスキャンしている最中、運転手は身じろぎせず、まっている。
再び電子音が鳴った。
「認証が終わりました。これは・失礼いたしました。ご協力感謝します。列を離れて右のゲートへ進んでください。」
警官は車列が短い方のゲートを指した。
後ろで子供が「トイレ行きたい。」と母親と思われる女にささやいている。

運転手がゲートを見て、警官に声をかけた。
「・・。あちらは上層行きゲートでは? 我々は下に降りたいのだが。」
警官は忙しくプレート端末を触りながら答える。
「問題ありません。今日は下層へいくようになっています。ゲスト専用ですよ。」
「・・そうですか。ただ少し時間がかかりそうだな。先に休憩所によっても?」
警官はまだプレートを操作しながら答える「ええ・・・こちらが済むまで・・・少しお待ちください」
《ビーーー!》
警官の持った端末から明らかに良くない音がなった。「チッ・・認証が。調子が悪いわ。」
運転手はやわらかな眼差しを向けているが、警官は見透かされた気がしてすぐにすぐにリセットボタンを押した。
「スミマセン。まだ操作に慣れていなくて・・・。もう一度認証させてください。」
助手席の女が子供の様子を見てせかした。「早くしてもらえます?認証が終わったら休憩所へおねがい。」
運転手の男がうなずく。
再び警官がカメラを向けると、女はすぐに「ヒューマン」と答えた。
後部座席から少年もすぐに「トイレに行きたいヒューマン。」と続ける。
そして運転手もまた髪をかき上げ「トイレに行きたいアンドロイド」と答えると、子供はププッと噴き出してわらった。

警官も思わずフフっと笑う。今度は記録できたようで、プレート端末をななめに掛けて背中に回した。そして腰のあたりでごそごそと固定し、無線で何かを報告している。
「では休憩所へ寄っていきましょう。」運転手が案内とは逆の、休憩所のあるゲートへ行こうとしたが、警官があわてて制止した。
「まだ動かないで。エンジンをきってください。」
「確認は済んだしもういいでしょ。」助手席の女がうんざりした様子で抗議の声をあげる。
「いえエンジンを切ってください。言う事を聞いて」
警官は片手で制止するような動作をし、同時に腰から抜いた銃を運転手へ向けた。
「うわ!」銃を見た少年は驚いて後部座の隅に寄った。
「・・落ち着いて。何かの間違いです」運転手は、ゆっくり小さく手を上げて片手でエンジンを切り警官をなだめた。

近くで検問をしていた別の警官も、その様子に気が付き、近づいて来た

「そのまま顔をこちらへ向けていて。サングラスをかけないで!」警官が声を荒げた。
「何?もう認証したわ。いったいなんなの!」警官の態度に怒りをあらわにして怒鳴った。

駆けつけた警官は車の進行方向を塞ぐように立ち、先ほどと同じようにプレート型端末を持って車に向けた。
「・・少し待って・・。 一人いや・・全員アンドロイドだ。確認した。」
「虚偽返答ですね。」若い警官が警告するように銃を構えなおす

「そんな訳ないでしょう。もう一度確認してもいいわ。子供に銃を向けないで!」
女はあきれたような表情だったが、銃口が子供に向いた瞬間、とびかかりそうなほどの怒りを見せた。
運転手がなだめ、後部座席で少年は涙目になりシートに沈み込んでいる

検問待ちしていた周囲の車もその事態に気が付いたのか。窓から様子を覗いたりカメラで撮影を始めた。
女は怒鳴るのをやめて静かに話すようになった「・・。私は人間よ。嘘じゃないわ。
息子も人間。お願いだから銃を向けないで。言う通りにする。」そう言うと、ゆっくりとかばうように片手を子供の膝に乗せる。警官は緊張し、銃を向けたまま運転席の窓に近づく「ダメよ。両手を後頭部に付けて!いま順にドアを開けるから絶対に動かないで。私が命令したらゆっくり降りて。」そう伝えると、慎重にドアに片手をかけた。
「そのまま、あやしい動きをしな・・
その時、若い警官は助手席の女の眼が鈍く光ったように感じた。
それに気を取られたのは、ほんの一瞬だけだったが、次の瞬間には手から銃が無くなっていた。
「え?」思わず声が出る
銃が無い。いや認識できないくらい一瞬で運転手に銃を奪われたのだ。背中に汗が流れるのがわかる。
警官は手ぶらの状態になりゆっくりと後ろへ下がる。
運転席のウィンドウが上がりはじめると同時に、エンジンを切ったはずの車が急にバックし始めた。
もう一人の警官が、すぐ数発の光弾を撃ったがフロントガラスの形をなぞるようにエネルギーが後方へ流された。
「コーティングされている!逃走車だ。」
車は方向を変えようとしたが、窓が閉まりきる直前、警官の撃った一発が、わずかな隙間から運転手の腕を貫いた。
「グッ!」腕から火花が散る。車は後ろの車に当たり止まった。
そして、光弾は車内で破裂し光の粒が花火の様に噴き出した。その光は助手席や後部座席にも降りかかり、
女の皮膚や服を焼きながらめりこんでいく。
「ギャアアアア」女は顔を抑えながら悲鳴を上げて倒れこんだ。
その瞬間、運転席の男は怒りの形相になり、車のドアを内側から強烈に蹴り飛ばした。
大きなドアがすさまじい勢いで飛んで、若い警察を直撃し数メートルほど吹っ飛とばして転がった。
逃走車は車内で火花をちらしながらも強化フレームのバンパーが前の車を次々と弾くようにのけて、下層エレベーターの方へ向かって走っていく。
検問の警官たちもすぐパトカーへ乗り込んだが、パニックを起こし逃げようとする人や車が交錯して追跡を阻む壁となっていた。
逃走車が向かう先の下層行きゲートでは警報が鳴り響き、分厚いフェンスが次々と地面から起動して入り口をふさいだ。
しかし車は途中で方向を変え、ゲートではなく、その脇にある案内の無い道路へ走り去っていった。

逃走車が去った後も検問ゲートは混乱がつづいていた。 ドアが直撃した警官が顔面から大量に出血し体はおおきく痙攣している。警官の仲間が、囲むように集まる見物人を追い払い怒号が飛びかう中、タワー周辺にいた誰もが、胸騒ぎがするような不吉な感覚にとらわれた。
◆ダストシュート
前方にどこまでも高い黒い壁がみえる。曇りの天気のせいもあるが、そもそもこの場所には日光がほとんど届かないので夜の様に暗い。
真っ暗な車内で運転手の男は微動だにせず前を見ている。片腕を失い皮膚も焦げて、白い血が額から眉を伝って目に入っている。しかし瞬きもせず正面のフェンスの先にある暗黒の空間を見据えていた。
そこは「ダストシュート」と呼ばれる上層から下層まで繋がっている巨大な廃棄ダクトの入り口で、家一軒でもそのまま捨てらほどの広さの空間が世界を縦に貫いている。産業廃棄用として利用されているが、エレベーターの様な昇降装置は無く、一般の者ががここへ立ち入ることはない。
運転手は静かに、座席の下に崩れ落ちている二人を見た。そして表情を変えることなく、そのまま再び正面をみてアクセルを踏むと、足元に流れてきた大量の血が小さくピチャッと音を立て車が加速していく。

《アンドロイドの自由と権利は人間の下に置いて保護される》
《アンドロイドは人へ攻撃や殺人をしてはならない。》
《アンドロイドの人に対する殺意は自殺衝動に変換される。

3人。正確には3体が乗った車は、ゴールテープ切るように勢いよくフェンスを破り、大きく口を開けた暗黒の空間へ飛び込んで消えた。
そして10秒ほど間があった後に大きな衝突音が暗闇を震わせ、不気味な音がいつまでも反響していた。

その後の追跡は下のR層の警察に引き継がれた。ダストシュートの途中の「落下速度を緩衝する蓋」の上で潰れた逃走車が発見され、その周辺から3体の遺体が発見された。
いずれも損傷が激しかったが、部品から運転手は1世代型。母親と子供はより新しい第3世代型アンドロイドと判明した。
3名は住民としての登録も無く。所在は不明。人間の管理外で製造されたアンドロイドが、自殺前に人間を攻撃した初めての事件となった。
この事件以降、再び人間とアンドロイドには大きな溝が生まれ、人間同士も疑心暗鬼になっていく。
一方アンドロイドは多彩な感情表現と、人間と見分けのつかない外見、そして高度な技術を蓄えて、このドーム状の世界を支える存在になりつつある今、人間とアンドロイドの立場は入れ替わろうとしていた。

この5年前にQ層で起きた事件をきっかけに、人間との対立が表面化し、迫害を恐れたアンドロイドは下のR層へと降りた為、人間ばかりだったR層にもアンドロイド犯罪が増加し、古く穏やかだった街は大きな変化を迫られていた。



1章 路地裏のダンサーとカーラ (3001)