小説 サイバーパンク3001 -路地裏のダンサー

1章 路地裏のダンサーとカーラ (3001)


 「大劇場の祭典」は三年ごとに開催されるR層で最大規模のイベントである。
人間とアンドロイド共催の8日間。受け継いできた、古の芸術と文化の数々が、劇場や大ホール、メイン通りを駆使してエリア全体で披露されていく。この期間は上層から多くのゲストやVIPが訪れる最大のビジネスイベントでもあり、
R層の住民の8割が女性の為、出会いを求める来訪も増え、大劇場エリアは他層にも類を見ない程の賑わいを見せる。


1章 路地裏の少女とカーラ  《3001》

◆封鎖ゲート 《祭典初日》
  祭典の賑わいとは正反対の寂れた通りの高架下にパトカーをとめ、カーラはため息をつきながら降りてきた。
ミディアムショートの黒髪から覗く大げさなコートの襟は様々なセンサーが搭載され黒い瞳を照らし、頑強な造りが、背の高い彼女をより大きく見せ、上腕には対アンドロイド班のエリートの証である青いラインが走っている。

カーラの正面、少し低い位置に商業ビル用の広い駐車場があり、その先に封鎖したゲートが見える。巨大な信号が赤色を示し、通行止めの黄色いビームが道路を横切っていた。
封鎖ゲートでは、既に「相棒」と呼ばれているロボットが到着していて、起動したフェンスの前で待機していた。
祭典の警備中に呼び出されたため、可愛らしい赤帽子をかぶせられたままなのが滑稽だ。

「可愛いじゃない。似合ってるわよ。」
相棒に声をかけると、警備ロボはカーラを見て可愛い仕草で手を振った。  同僚の人間よりよっぽど愛嬌がある。

いま、警備班が逃走車を「大劇場の祭典」から遠ざけるように追跡し、このゲートへ誘導されたところを捕える手筈だ。

カーラはゲートから離れ、抜け道が無いか周辺の確認をはじめた。外出を制限している為、通りに人の気配はないが、左手の劇場からは賑やかな音楽が漏れ聞こえてくる。
その小劇場ビルの路地裏で子供が一人でいるのを見つけた。
あざやかなピンク色の長いドレスをまとって出演前の練習をしている様だが、控室が無いのか外出制限が出ている状況にも関わらず、ビルの窓を使って練習をしている。
長い黒髪は背中までまっすぐ伸びて顔は見えないが、まだ15歳前後に見え、カーラは胸が締め付けられる思いがした。
 避難を促すため少女に近づこうとしたが、ガラスを見据えて集中する姿に、張り詰めた雰囲気を感じて他の見回りを終えてから声掛けをする事にした。

道の端まで確認を終えると、そこから祭典が行われているエリアを眺める。
(さすがに今夜は街が明るいな。)夜空にはうっすらと天井も見えた。
溜息の前に空気を深く吸い込む。カーラはこの古い街にもアンドロイドが押し寄せ、人間が住み家を追われている事を実感していた。 決して豊かではないこの層は昼夜問わず仕事をしている子供も多く、通りをうろつくアンドロイドの狂暴化が問題になっている。 住民を守り治安を維持する事。それが対アンドロイド班(対策班)を設立した意義であり、ここの子供たちの未来につながると信じている。
(居場所を守らねばならない。)
逃げ出したい衝動を抑えるように、そう自分に言い聞かせた。

カーラはパトカーに戻る前に、まだ路地裏でダンスの練習をしていた少女に避難するよう声をかけた。
しかし少女はうなずくだけで振り返りもしない。その様子に違和感を覚え、顔認証センサーを起動し近づいた。
「危険だからすぐ非難して。家はどこ?」肩に手をかけ無理やり振り向かせる。
すぐにコートの襟に搭載されたセンサーから顔認証が始まったがシステムからの応答がない。通信が不安定の様だ。
「わかりました。帰ります。この劇場だから一人で大丈夫。」
少女はセンサーから顔をそむけるようにして答えると、きびすを返して建物の方へ向ってい歩いて行ったが、その足取りは重そうだった。

カーラに追跡の状況をつたえる無線が入ってくるがノイズが酷く聞き取れない。
稀に層の空間や、外の嵐の影響で通信システムが使えなくなる瞬間がある。
(ここの場所が悪いのか、あまり時間がないな。)パトカーの無線を試すために戻ろうしたとき、襟元の無線から耳を突くようなノイズ音が鳴り思わず顔をそらした。その後、無線から何も聞こえなくなった。
思わず舌打ちする。準備が万全ではない状態に焦りがでる。 

「そっちは異常はない?!」大きな声で相棒に声をかけるが、ゲートにいる相棒はただ空を見上げている。

(ホントにいざという時、使えない!)カーラは高架下のパトカーへ向かって駆けだした。

その瞬間、カーラは視界が真っ白になったと思う間もなく、背中にすさまじい力で蹴り飛ばされるような衝撃を受けて、
前のめりで地面にたたきつけられた。封鎖ゲートが爆発。
そこに立っていた相棒は閃光の中へ消え、頭が彼方へ飛んでいった。
周辺から一斉に警報が鳴り響きだしていた。

「うっ。・・ううう」カーラは痛みに呻きながら目を開けた。後方で何かが爆発したことは分かる。
事故か攻撃か、大きな耳鳴りだけが聞こえ、ゲート付近は砂埃と煙でよく見えない。
自分自身がどういう体勢で倒れているかが分からなかった為、慎重に手足を動かし確かめた。
ぶつけた顎が痛むが、幸い頭は強く打っていない。
(退避しないと・・また爆発が起きる前にパトカーへ)
だが、カーラはふと先ほどの少女の事を思い出した。
(彼女は無事だろうか・・。自分の声掛けが遅くて、彼女を爆発に巻き込んでしまったかもしれない。まだ近くにいるはず・・。)
路地裏の少女が帰っていった方向を見る。 もしも小劇場へ入っているなら、ガラスは割れているが、建物自体には損傷は無いように見える。そして劇場から避難してく大人たちの人影も見えて少し安堵した。
だが、状況は極めて危険なままだ。
(破壊されたゲートに逃走車が突入してくる確率が高い。すぐに署へ状況を伝えなければ。)
立ち上がっても興奮で麻痺しているのか体に強い痛みを感じないが、耳鳴りの中に混じって、もう一つ嫌な音が聞こえてきた。 
(聞いたことがあるノイズ・・・ ドローン!?)
排煙装置がある空(天井)を見てもまだ煙でよく見えない。しかし確かにドローンの飛行音が近づいている。
ここはドローン飛行禁止エリアであり、先ほどの無線の不調の理由が、ゲートがドローンを感知し電波を妨害するジャミング装置を起動したせいだとすれば納得がいく。
だが逆にゲートが破壊された今はドローンが侵入できる状態という事になる。

カーラはパトカーへ急いだが、後方からあっという間に接近してきたのが分かった。
当たるとは思えないが腰のブラスターを抜いて振り向くと、20メーほど上空に現れたのは巨大で足が生えていて真っ赤な羽虫のようなドローンだった。
(デカい!これもドローンなのか?)銃はついていないが、民間の物でもない複雑な形状とセンサーが光っている。
ドローンは空中で静止したまま、丸い頭から赤い扇状に広がるレーザーを出して周囲の建物をスキャンし始めた。
(おそらく真下にいる自分には気が付いていない。)肩の震えが治まらないが素早くブラスターをドローンへ撃ち込んだ。 矢のような光弾は外れて上空の煙に消えた。
すぐにもう一発撃ったが、ドローンは攻撃に気が付いているように早いタイミングで横に避けて、そのまま小劇場の方へ飛行していった。
「まずい!」 小劇場にはまだあの少女や劇場の人間が残っている可能性がある。
ドローンは迎え入れられる様に、開いたままの一階のドアからスムースな軌道で侵入した。
もしドローンが自爆型なら、どれだけの被害が出るか、想像して血の気が引いた。

急ぐ足がもつれて思考と体が剥離している。パニックを自覚したカーラは立ち止まり頭で行動を整理する。
(まずパトカーへ戻り応援を呼び、アンチドローンを持ってビルへ突入しよう。いや無謀か。自分も避難したほうが・・)

ほんの十数秒の間考えていたその時、ビルの窓が一瞬光って、銃声が聞こえてきた。
(5階で閃光と銃撃。ドローンと交戦しているのか)その後も何度か銃声や響き、戦闘が行われている事が伺える。
だがその直後に5階の窓ガラスが激しく内部から突き破られ、真赤な火の玉が飛び出してきた。
打ち上げ花火の様にように真っすぐ飛び出し、眩しい火花を散らしていく。火の玉は狂ったように弧を描くと地上の車の影が時計の針のように踊った。火の玉はカーラが位置する上空で突然、折れるように垂直落下してきた、
「危ない!」カーラはパトカーの中へ飛び込み、直後に火の玉は勢いそのままに地面に激突して砕け散った。

残った真赤な残骸や羽の形状であの巨大なドローンだとわかる。
突然の墜落してきたドローンの行動は全く理解不能だが、ジャミングが戻って誤動作したのかもそしれない。

カーラはパトカーを降りると、小劇場の窓に目を凝らした。
いまドローンが突き破った窓の奥の暗闇に、ピンク色の人影が見えた気がしたのだ。
「まさか・・。」
信じられない事だったが。路地裏にいたあの少女が、暗闇の中に一人で立っているのを確認した。


◆ビル5階 《小劇場》

「動ける?パトカーで退避するから一緒に来て。ここはまだ危険がある。」
カーラは暗い劇場内の窓際で呆然として膝をついていた少女の腕をつかんで起こすと、階段へ向かいながら周辺の状態を確認する。 照明は消えているが、街灯の明かりが四角く壁を照らし劇場内も薄ぼんやりと把握できる程度には明るい。
ドアや壁になんらかの攻撃を受けた痕跡が残り、テーブルも椅子も激しく破壊され、相当な戦闘があったようにみえる。
そして明かりの消えた暗いステージの近くには一人の女性の遺体があった。


窓際にいた少女はスカートがはがれ、髪が少し焦げ火傷の様子もあるが、大きな怪我はなさそうに見える。
カーラは、少女の無事を確認できた奇跡に感謝していた。
きしむ木造の階段を降りて慎重に外にでた後、カーラは自分の防弾コートを少女にかけてやろうとしたが、何かに引っ掛かり脱げない。 少女がカーラを見て小さな悲鳴を上げカーラを指さす。
「背中・・。」
カーラは言われて初めて背中の違和感に気がついた。金属片がコートにつき刺さっている。
爆発で弾丸のように飛来した金属片がコートを貫き背中のプレートに刺さって止まっていたのだ。
(あの時蹴られた感覚はこれか…) カーラは自身の命もほんのわずかな位置とタイミングで助かったことに感謝した。 

パトカーへ戻り少女を助手席に乗せ、無線の具合を確かめたが雑音がするだけで反応が無かった。
(やはりドローンが墜落したのもジャミングが復旧したタイミングかもしれない。)

このままパトカーでセンタータワーへ避難する事にしたが、ゲートは破壊されたためオートパイロットには大きく迂回して向かうルートを入力し始動させた。
センタータワーは各エリアに繋がる塔で、強固かつ高度な建築によって層の天井(そら)を支えている。
内部にはR層の各機関が集中し警察署もあり安全だ。

迂回だらけの暗い道路を進むパトカーの中、カーラが彼女に気を配って話しかるが、少女はうつむいて黙ったままだった。 (突然、爆発とドローンに襲われたショックは計り知れないだろう…。)

だが不可解な状況でもあった。

なぜ爆発が起きた後もあの場所いたのか。
他の大人たちと一緒に避難しなかったのか。
・・そしてなぜ助かったのか。

ドローンが劇場に侵入して何が起きたのか把握するためにも聞かなければならない。

そのカーラの思考を察したのか、少女はつぶやくようにビルでの状況を話し始めた。

「赤いドローンが突然入ってきて・・お客も他のスタッフも避難したわ。 控室にいた私は気が付くのが遅れてそのまま隠れて・・ドローンは暴れわまったようだけど。窓を割って飛びだしていった。」
少し声が震えている。そうしてまたうつむいたまま黙ってしまった。
「そう。無事でよかった。大人たちは・・あなたを連れて逃げなかったの?」

「一人で控室にいたし。皆パニックになって気がつかなかったと思う。あそこに私を心配するような人はいないから。」

彼女の話す状況は、つじつまが合わない。嘘をついているのか混乱しているのか。事情は図りかねたが、
突発的な事件の証言は何かしらの事情で嘘が混じり記憶も混乱する。今は真実を聞ける状態ではなさそうに感じた

「話してくれてありがとう。そういえば挨拶していなかったわね。私はカーラよ。ここの地区の警官をしているわ。
今は休んで。もうすぐセンタータワーにつくから、一緒に食事を。」
「ありがとう・・カーラ・・。」少女は眠ったように静かになった。
「心配はしなくて大丈夫よ。これからの事は相談できる窓口を紹介するわ。」

カーラはハンドルを握り山の様に増えた疑問を整理しようとした。
こういう状況では興奮状態からいろいろと話したり現場で一緒だった人物に親近感をいだいてくれるタイミングがある。だが今、むしろ救助すら余計な事だったのかと思うような、避けられているような印象を受ける。

(彼女は赤いドローンが侵入してきて客が避難したと言ったが、私は最初の爆発の後すぐにビルから避難した人を見た。
ドローンが侵入したのは爆発のもっと後の事だ。そして控室にいたならドローンの侵入の瞬間は見ていないはず。
マスターと思われる初老の女性はステージ近くで死んでいた、胸に大きく穴が開いていたがドローンでは不可能だ。
そして壁の無数の弾痕…あの攻撃のなか無傷で一人残った事・・。)

急に疲れを感じ腕が重くなり体の痛みが増してきた。
この少女と小劇場が爆破事件に巻き込まれたと思っていたが、何かしら関係がある可能性がある。
まだ憶測でしかないが捜査が始まれば彼女を保護して、知りたくもない真相をきかねばならない。
そんな思考に気を取られてせいか、センタータワーの目前で無線通信が回復したことに安堵し、頭上で聞こえてきたドローンの音に気が付くのが遅れた。

突然、巨大なハンマーを振り降ろされたようなすさまじい衝撃と共にパトカーに何かが飛び降りてきた。
ボンネットが潰れ、沈んだバンパーと道路がこすれてすさまじい金切り音が響く。
「キャアア!」少女頭を抱えて悲鳴を上げ、カーラはハンドルを抑えスピンを回避するので精一杯だった。

落ちてきたのは人型のロボットで、ボンネットに足が突き刺さったまま立っていた。
そしてそのまま体を大きくひねるとフロントガラスに拳をたたきつけた。大きな拳は超硬質ガラスに簡単に穴を穿った。
(次の一撃は彼女に届く。マズイ。)
また大きく拳を振り上げたその瞬間、カーラはブレーキを踏み抜いた。
その強烈な慣性によって拳を挙げたままの姿勢で人型のロボットは車の前方に吹き飛び転がった。
カーラはすぐに自動運転をオフにして車を加速させ、起き上がろうとするロボットを轢いた。
伝わってくる衝撃の強さが、この人型ロボットの質量と硬さを感じさせた。

ロボットは柱と車に挟まれ完全に破壊したと思ったが、かすかに車が揺れた。ボンネットからさらに煙と炎が上がる。
「まだ死んでないかもしれない。すぐパトカーから降りて!」

 パトカーのドアは衝撃で開いていた。助手席側に見えるタワーの入口へ向いたかったが、ロボがその下で潰れている可能性があり、少女の手を引いて運転席から脱出しタワーとは反対の建物の影に隠れた。
カーラの額から流れる血は少量だが頭から目に入り視界が妨げられる。轢いたロボが動き出す様子はなく、カーラは入口へ向かうタイミングを迷っていた。
(リスクを取ってもタワーに行くべきだったか。アンチドローンも忘れた。センタータワー周辺はジャミングがない。 ドローンの追跡を警戒するべきだった。いくつ判断ミスをした。)次々と後悔が覆いかぶさってくる。
カーラは少女の様子を確認した。怯えてはいるが身のこなしが軽く、怪我もなく呼吸を保っている。
むしろ自分が足を引っ張っている気すらしてくる。
そして同時にこらえきれない怒りが込み上げてきた。
「名前は?」
「え?」
「名前を聞いてなかった。名前を教えて。」
「私は、マシーナ。」
「マシーナ。あのロボだな?劇場でマスターを襲ったやつは。」興奮して大きな声が出た。
少女は驚いて一瞬硬直したが、自分の発言の矛盾に気が付いていたのか、状況を思い出すように話し始めた。
「うん。先にあいつが侵入してきたんだと思う。・マンマ・・マスターは銃を持って私に隠れるように言って私を守ろうとしたのかもしれない。その後はわからない。控室をでたら・・。」
「わかった。それだけ話してくれたら十分だ。」

カーラは自分を落ち着かせるため深く息を吐いた。先ほど轢いたロボは激しく火花を散らしており動きそうにない。
だがドローンの音が遠くから聞こえてきている。(複数いるな。)ただドローン自体には大きな攻撃力がなさそうな事と
この少女を殺す気ではなさそうな事も、確信ではないが推測できる。だが、自分だけが何も知らない事にますます怒りが大きくなる。
「マシーナ。よく聞いて。いま何台かドローンが近づいてきているけど必ず近くで操作している奴がいるはず。そいつを見つけて倒す。そしたらドローンも止まる。」
マシーナは小刻みに頷く。
「ここから一緒に見つけてほしい。そいつを倒してからタワーの入口を開けるわ。」
「・・わかった!探すのは得意」
「見通しの良い場所よ。ドローンを操れる範囲を絞れるはず。」

カーラは、タワー周囲に目を凝らすが、暗闇と燃えるパトカーのコントラストで夜目が効かない。
(相手もまだこちらを見つけていないはずだ・・。)先手を打つため焦るカーラの横で、すぐにマシーナがセンタータワーの2階から伸びる長い連絡橋の端を指さし声を上げた。
「あそこに誰かいる!」
かすかに人影が見える、気がする。「確かに・・いる。いいぞ」驚くべき発見の速さだった。
カーラは彼女のおかげで初めて有利な状況になり高揚した。
(上空を旋回しているドローンは3台。操作しているのは連絡橋から。)
パトカーを見て入口を確認する。
(この装備だけではあの人影まで行けない・・だが今、行かなければ。)
「マシーナ。合図したら全力でタワーまで行ってエレベーターを呼んで。私もパトカーから武器を取って向かう!」
少女はうなずいた。
「いくぞ!」
合図とともに二人はタワーへ駆け出した。素早い彼女の動きは心強く、エレベーター近くまで行ったのを見届けると
カーラはパトカーへ飛び込んだ。パトカーは破壊されたがアンチドローンは無事だった。「これがあれば。」
アンチドローンを掴む。
「エレベーターが来た!」呼ぶ声が聞こえ、ブラスターの予備バッテリーを取り出すのはあきらめて、タワーへと駆け込んだ。 エレベーターの中で、長方形の箱にグリップが付いたようなドローン撃退装置をマシーナに渡す。非常に大きい見た目だが、それほど重くはない。
「これをドローンに向けるだけでいい。操作を妨害できる。あと、あのドローンはあなたを連れ去るくらいはできるから必ず私の側にいて。」
カーラがブラスターを抜き構えた時、エレベーターは連絡橋に着きドアが開いた。正面に見えるガラスの連絡橋の先には、人型のロボットが2体立っている。幸運なことに消火装置が作動して、滝のように撒かれる消火水がエレベーターや二人の気配を消した為、ロボはこちらに気が付いていない。
「いこう。」二人は隙をついて容易に橋の中央まで進んだ。そこで人型ロボが二人に気がついて振り向いた。
手に銃などは持っていない。そしてすぐに、ドローンが二人の頭上まで2台が接近してきた。更に一台こちらへ向かっている。恐ろしいハチに囲まれた様に身動きが取れなくなった。。
カーラはブラスターの残量を確認する。(バッテリーが少ない。4発撃てば終わる。)
手前に見える人型のロボットはパトカーを襲ったのと同じ小型タイプ、奥のは巨体でシールドを装備している。
(ドローンに使えるほどエネルギーはない。ロボを確実に仕留める。)
ドローンは規律を保って二人を囲っている。アンチドローンを向ければ避けるように遠ざかるものの、再び距離をつめてくる。まるで狩りをする肉食動物の様に、翻弄しようとしている。
そしてドローンの一体が規律の輪から不意に突撃してきた。 「来た!左だ」カーラが指示する!
マシーナはアンチドローンを向けたが、大きさに振り回され狙いが定まらない。
同時に手前の人型もカーラに飛びかかってきた。
「くそ!」ブラスターを人型の頭に向って素早く撃ち込んだ。人型は避けようとしたが、エネルギー弾は頭をとらえ光る塊になった。 こうなれば光が尽きるまで本体を溶かし続ける。 
そしてすぐにドローンへ向き直ると、またあの奇妙な光景を目撃した。
赤いドローンが空中を猛烈なスピードで異様な回転をしながら飛び回っている。(彼女は無事だ。うまくアンチドローンを当てたな。)
そしてそのままドローンは直角に曲がり墜落していく。 「危ない!」カーラが叫んだ。
ドローンはガラスの連絡橋を突き破り落下していった。その破片を避けようとした瞬間、もう一台のドローンが急接近し、同時にシールドを持った人型も一歩踏み出してきた。
カーラはブラスターを最大出力にして撃った。
人型はシールドで光弾を受け止めた。僅かな穴があいたがエネルギーは後方へと流された
カーラはもうブラスターのエネルギーが無い事を悟られないよう再び構えたものの、もうなす術は無かった。
「もう大丈夫。」不意にマシーナがつぶやいた。カーラは少し下がり、わずかに顔を向けてマシーナの様子を確認する。
彼女を狙う赤いドローンはいつまでも襲い掛かってこなかった。ドローンのバイザーから、あらゆるセンサーが動いているように見えるが、一本の赤い光が、少女の眼とドローンをつないだかと思うとドローンは完全に動きを止めた。
「落ちなさい。」
マシーナの言葉に従うように、ドローンはまた勢いよく宙を舞い地面に向って激突した。
それを見てシールドを持った人型はそのまま後退をはじめ。残り一台のドローンも逃げるように飛び去っていく。
カーラは困惑しつつこの戦闘が終わる事を感じながら闇に消えていく人型にブラスターを構え続けた。






◆ マシーナ側の事情

 マンマに見つからないよう劇場の裏口を出てビルの真っ黒なガラスを利用して動きをチェックする。
本番前のいつものルーティンだ。今日から大劇場の祭典で看板ダンサーが出払っているためメインステージを任された。控室を使えと言われたのだか、落ち着かなく、いつもの場所にきてしまった。
祭典中は、お忍びで他層の上客も来る事があるらしい。少ないチャンスを掴んでいかなければ、いずれここにもいられなくなる。集中したいのだが、向かいのゲートで検問が始まりパトカーから警官が近づいて来た。装備が新しい・・顔認証のあるジャケットだ。 R層のリストに無い人間などごまんといるが、できるだけ認証データは残したくない。
まだ出番は来ないので仕方なくまとめた髪を下ろし壁に寄った。
自分の準備に集中し、警官はそのまま通り過ぎていった。
一通りの確認を終え、劇場に戻ろうとした時、突然強い眩暈に襲われた。
(まただ…)最近はこの目眩に悩まされており、ステージ中にふらつくこともあった。なにかわからないが、異変がおきている。 手が震える。
「そろそろ建物に入って!」最悪のタイミングで先ほどの警官が戻ってきた。
返事をしようとしたが声も出ず。ただふらつかないよう立ち尽くしているうちに肩をつかまれ無理やり振り向かされ
顔認証している。
(乱暴な奴!) 赤い光が目に刺さり顔が熱い。光のせいで吐き気と体まで震えてきた。我慢の限界だ。
「帰ります。ここのビルだから大丈夫。」顔をそむけて、すぐに警官から離れ劇場に向った。
警官は顔認証が上手くいかなかった様だが、そもそも私のデータなど無いだろう。
遠い裏口はあきらめ、劇場の正面階段をゆっくりと昇り少しずつ呼吸も落ち着いてきた
もしこの事がマンマにバレたら・・。体調不良が続くダンサーなど雇ってくれる劇場などない・・。
5階まであがり、通路から客席を除くと数人の客がいてステージを見ている。(良かった。ゼロじゃない。)
そっと後ろの通路を抜け控室に向かうが、途中に、ここのマスターであり、この辺の劇場を仕切るマンマの姿も見える。
(いつもステージ横にいるのに・・。)
まずい事に目を細めて腕を高い位置に組んでいる。機嫌が悪いときの姿勢だ。 
こちらに気がついた。「どこ行ってたんだ。メインが外うろついて練習してんじゃないよ。さっさと控室に戻りな!」
さっそく怒られた。 齢六十近く、深く刻まれた眉間のシワにワシ鼻で後ろがっちりと編んだ髪。物語にでてくる魔女のような顔立ち。初めて会う人間は皆、緊張する。
「はい。すみませんマンマ。」
マンマは窓の外をみた。(イライラしてる原因はこれか。)
「サツがいるね。お前の出番でも見てもらおうか。」
「勘弁してくださいマンマ。」
マンマは、カッカッカと笑いステージ側に戻っていった。
(マンマ…。もしかして私を心配して待っていたのだろうか・・。)
いつもマンマは優しい


◆来訪者
その時、階段から聞き慣れない大きな足音が聞こえてきた。床が大きく軋む音がして重さを感じさせる足音は、随分大物な客か、まるでロボットでも上がってきているようだ。
マシーナは少し怖くなって控室へ向かおうとしたとき、足音は急に加速し、階段を踏み抜きそうなほどの勢いで駆けあがっているのが分かった。
マシーナがすぐにステージへ声をかける「誰か来た!人じゃないみたい。変だよ。」
足音が客席にも聞こえるほどの響き、音楽が止まった。「みんな裏口から降りて」ダンサーがすぐに客の誘導を始めた。
客も異変に気がついて裏口の階段から駆け足で帰っていく。
いつもの護衛役のメンバーは祭典に出払っているため、ステージにいたダンサーが誘導して一緒に下へ降りて行った。
「私も・・」マシーナも続こうとしたが、突然、劇場の照明が落ちて視界が暗闇に覆われた。
マシーナは、危険を感じ暗闇の中にしゃがみこんだ。そっと裏口へ向かうが、その裏口からも勢いよく駆け上がる音が
聞こえてきた。(駄目だ…控室へ) 下の階から漏れてくるわずかな光を頼りに控室へ這うよう向かう。
裏口から勢いよく入ってきたのはマンマだった。
マシーナは小さく呼びかけた。「マンマ。マンマ!」
マンマは大きなアンティーク銃を抱えている。暗い客席を見つめたままステージ脇に伏せてるマシーナの声に反応した。
「控え室にハイレ!カギをして伏せてな。絶対に出てくるんじゃないよ。」 
マンマは銃を構えて客席へ降りると、入口へ向かって静かに前進した。
マシーナは控室に飛び込んでカギをかける。恐怖で足が震える。何者だろう明らかに異常な足音だ。
ドアに耳をつけて様子を探ろうとした瞬間、ビルの外から爆発音してビルが揺れた。窓が割れる音も聞こえる
マシーナは思わず悲鳴を上げてしまい口を覆った。外では警報が鳴り、飛散した破片がカラカラと音を立てている。
(気が付かれたかもしれない。)何が起きているのかわからないまま這いつくばり、隠れる場所探す。
(カーテン。いやクローゼットだ)
クローゼットの奥には今は使われていない小さなドアがありステージ袖につながっている。
(マンマ一人で大丈夫だろうか。)
まれに抗争の話は耳に入ってくるが、マンマがそんなもめ事を起こすのは聞いたことがない。クローゼットの隅で固まり震えが止まらなくなった。
客席の方向から銃声が聞こえた(マンマ!)そして重い足音がこのフロアに来たようだ。再び銃声が響いて、マンマの声や、激しく何かがぶつかる音が聞こえた。その後もまだ劇場内をうろついているのが振動でも伝わってくる。
大きな者は店を壊しながら暴れまわっているようだ。テーブルやいすが倒れる激しい音がするたびに、懸命に悲鳴をこらえた。
(何が・・あの検問はこれ?警察はこないの?)
その後、ゆっくりと慎重な足音に変わったが、重い足音であることは変わらない。そして銃声が聞こえなくなった事で、マンマが無事ではないとわかる。
(いずれここも見つかって殺される。マンマ・・ ・ママは・・あの時みたいにボクヲをかばって・・・ 
車の衝突音が蘇り、震える左手を見る。いくつもの痣がのこり、肘から手術の時の長いケロイドが残っている。
・・・テオが残してくれた母の手・・・ (マシーナ。マシーナ!)

…ママ・・会いたい…。  記憶の中の幼いマシーナの涙が止まらない。 
(マシーナ!大丈夫!?)あの時の声が聞こえる

「マシーナ!どこ!!」
マシーナはこの声が劇場から聞こえた気がした。(ママ?誰か私を呼んでいる!?)
「マシーナ!返事をして。助けに来たわ」 
(この声・・間違いない!客席にいる。)涙をぬぐう間も惜しみ、クローゼット奥の小さな扉を横に引いた
子供がくぐれる程度に開くと、扉はレールから外れてビクともしなくてしまった。
マシーナは寝そべって、その小さな隙間へ体を押し込んだが、衣装の大きなスカートが引っ掛かる。壁に手かけて、身体を伸ばしスカート脱ぐようにしてステージに這い出た。
返事をしようとするが、感情が高ぶって声が出ない。
だが、ステージに出た瞬間、いかに絶望的な状況であるか認識した。暗い客席に、虫の羽音の様な音を立てて赤い巨大なドローンがうごめいている。丸い頭から赤いレーザーが出て、周囲を撫でるように照らしている。照らし出された劇場は床や壁に穴が開く程破壊されてテーブルは虫の死骸の様にひっくり返って散っていた
マシーナは幕の後ろに隠れようとした時、ステージに寄り掛かる人影に気が付いた。
悪い予感がしたが目が闇に慣れ、答え合わせのように見覚えのある横顔が見えてきた。
(ああマンマ・・・)そこでマンマが死んでいた。目を開いたまま、仰向けになっているのが分かる。
暗闇であることが今の状況では救いだった。マシーナは息を潜めるように、マンマの後ろのカーテン入り小さくなった。
スキャンの光が向かってきて幕の影を作りながら通り過ぎ、写真を撮影しているのか、パッパッっと劇場内が明るく瞬く。マシーナはさらに小さく固まった。
(私を探している?・・もしかして・・カイン・・)
その直後、ドローンから甲高い悲鳴のような音が鳴り、劇場を照らす光が素早く動き回ったかと思うと、通路の大きな窓ガラスが割れる音がして、羽音は遠く、小さくなっていった。
突如おとずれた静寂の中で、しばらく耳を澄ましていたが、完全にドローンの音は聞こえなくなった。
(帰った。見つからずに済んだ・・)少し安心した瞬間、
「マシーナ。」
マシーナは心臓が止まった。気がしたが、むしろ驚きのあまり心臓の音しか聞こえないほど高鳴っている。
(ママも隠れていた!?)思わずカーテンから顔をだして声の方向を見た。
誰かが外の光を背負いシルエットとなって立っている。
マシーナはその人影を見て、自分がいかに簡単に騙されたかを悟った。ゴツゴツとした巨大な体と
丸い頭に目が赤く光り、左右長さの違う腕が垂れ下がっている。
声など記録があれば簡単にマネできるのであろう。恥ずかしいほど簡単なトラップに引っ掛かりノコノコと出てきてしまった。
巨人の目から赤い光が伸びて、自分の額に当たるのが分かる。
(もう助からない。)目の前が真赤になり光が左目に当たる。
(やっぱり・・。マンマは巻き込まれただけだった。こいつの狙いは私の左目。ずっと隠してたのに・・いつバレたんだろう。)
「ごめんなさいマンマ。」

どうせ殺されるなら。あの割れた窓からいさぎよく飛び降りてしまおう。
生きたまま目をえぐられるのも、どこかに連れ去られバラバラにされるのも恐ろしい。
もう自分の意思で飛び降りることが自分に残された自由だ。

あきらめに近い死への覚悟によって逆に恐怖に縛られていた体のコントロールを取り戻していく。
思考が冴えて素早く周囲を確認した。
マンマの近くに銃が落ちている。マシーナはその重く大きな銃を抱え、慣れた手つきでリロードして立ち上がると、巨人へ向かって歩きはじめた。
「マシーナ。」巨人が再び呼びかけてくる。
「声、ほんとに似てるね。」軽口を叩けるくらい気が大きくなる。構えた銃に赤い光が当たった。
頭に狙いを定めると、巨人は片腕を上げ防御の姿勢をみせた。
その瞬間、銃を突き出すように投げつけ、窓に向って全力で駆けだした。ガラスを失った大きな窓枠が近づき外の景色が大きく見えてくる。あと数歩。
巨人は飛んできた銃を払い、一瞬で窓の前に回り込んでくる。
「邪魔!」叫ぶマシーナを巨人は窓際で完全にとらえた。
マシーナは、体をがっちりと掴まれたまま高く持ち上げられ、足を宙でばたつかせた。
「離して・・・」涙声になる。
巨人はマシーナを捕まえたまま、ゆっくりと窓から離れ、そのまましゃがみ、マシーナをおろした。
「マシーナ・・。無事でよかった。」
マシーナは耳元のやさしい声が本物の感情のように聞こえ呆然となる。巨人はハグをするように少し力を込めた後、
ゆっくりとマシーナを離しそしてマシーナの左手を手に取って痣を何度もさすっている。目をえぐろうともしてこない。
とてもやさしい動作だ。
「本当に・・ヘラなの・・?」
巨人は返事をするように目の光線を、マシーナの左目と接続した。
「あ、ああ。」
その時、再び階段を駆け上がる音が聞こえてきた。巨人のようなごつい足音ではない。
「誰かいる?!返事を」女の声が聞こえる。
巨人の光が消え、マシーナの頬に触れると立ち上がり。すばやく窓へ飛び込んで去っていった。
マシーナは全身の体の力が抜けその場から動けないまま窓を見つめていた。
階段から銃を構えた人影が慎重に入ってきた。マシーナをみて銃を下ろして近づいてくる。
先ほど路地で声をかけてきた警官だった。
「・・・無事でよかった。」その声も本物の感情の様に聞こえた。




2章 復讐の炎(2996)